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  • 西尾末廣とその時代 : 戦前の労働運動、無産運動の指導者

    梅澤 昇平 , Shohei UMEZAWA , 尚美学園大学総合政策学部

    戦前の労働運動、無産政党運動の指導者として西尾末廣の存在は極めて大きい。戦時中に大政翼賛会運動ならびに産業報国会運動に最後まで抵抗したことが、戦後の指導者への道に直結する。Suehiro Nishio was a highly influential leader of the prewar labour movement andproletarian party movement. He was also established as a postwar leader due to his consistentresistance to the wartime Imperial Rule Assistance Association and Patriotic IndustrialAssociations.

    尚美学園大学総合政策研究紀要 = Bulletin of policy and management, Shobi University 22/23, 1-15, 2013-03-31

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  • 比嘉春潮と沖縄研究の展開 : インフォーマントとしての役割

    並松 信久

    比嘉春潮(1883-1977,以下は比嘉)は明治期から昭和期にわたって活動した,沖縄史に関 する研究者である。研究者としてのみでなく,社会主義運動家としても,エスペラント語の普 及者としても知られている。比嘉は沖縄師範学校卒業後,小学校教諭となり校長にもなる。そ して小学校校長を辞したのち,新聞記者,さらに沖縄県吏となっている。1910(明治43)年 の伊波普猷(1876-1947,以下は伊波)との出会いによって,沖縄史に関心をもつ。1923(大 正12)年に上京して出版社の編集者となり,柳田国男(1875-1962,以下は柳田)のもとで民 俗学に関心をもつ。その一方で社会主義運動との関係をもち続ける。 上京後,民俗学を通じて沖縄研究を深めていく。しかし比嘉の場合,民俗学の視点からの 沖縄研究だけではなく,社会主義運動との関連から,社会経済史の視点からの研究も多く みられる。その業績は戦後に数多く出される。この沖縄研究にあたって比嘉は自らを「イン フォーマント」(informant)と語る。しかしながら『比嘉春潮全集』全5 巻(沖縄タイムス社, 1971-1973 年)というぼう大な研究業績から,比嘉が単なるインフォーマントであったとは考 えにくい。これまで比嘉に関する研究成果が出されているものの,多くの先行研究では,伊波 や柳田からの「影響」とされることによって,比嘉のインフォーマントとしての役割と,研究 者としての活動とが,つながりのないものになっている。 本稿ではこの比嘉の活動期を大まかに,(1)脱沖縄の意識と沖縄回帰の二重の矛盾のなかで キリスト教からトルストイズムに傾倒していった時期,(2)1910(明治43)年の伊波との出 会いをきっかけとする沖縄史への関心を深めた時期,(3)社会主義運動の先駆者となった時期, (4)柳田との交流をきっかけに民俗学研究に取り組んだ時期,(5)戦後になって数多くの著作 を発表した時期などに分けた。そしてこれらの活動期にしたがって,比嘉というインフォーマ ントの存在が,沖縄研究にとって重要な役割を果たしたことを明らかにした。比嘉は沖縄固有 の文化や方言などの情報や資料を「客観的」に提供することで,沖縄の歴史を伝える研究者と なった。比嘉はインフォーマントとして沖縄の「個性」を表現した研究者であるといえる。

    京都産業大学論集. 人文科学系列 46, 79-112, 2013-03

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  • ノーベル賞の国際政治学 : ノーベル平和賞と日本:第二次世界大戦後の日本人候補、賀川豊彦(1)

    吉武 信彦 , Nobuhiko Yoshitake , 高崎経済大学地域政策学部

    地域政策研究 = Studies of regional policy 15(2「三瓶憲彦教授退職記念号」), 17-29, 2013-01-01

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  • 観光における「真面目」と「遊び」[1]

    堀野 正人

    奈良県立大学研究季報 22(1), 97-112, 2011-11-20

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  • 諷刺の笑いとその応答 : 不敬罪を軸に I

    長島 平洋

    戦前の日本には不敬罪というものがあり、国政を諷刺したり、嘲笑する行為にはしばしばこの不敬罪が絡んできた。本来の不敬罪は皇室に対し、その名誉や尊厳を傷つけることを対象とするものであるが、日本の特異性により、その適用範囲は大きく広げられたのである。諷刺の笑いを向けられた側が、どういう風にその諷刺を受けとめ、その応答として何を考えどう動いたか、明治の不敬罪が成立する以前から昭和の大東亜戦争終結まで、国政諷刺・国政嘲笑の個々のケースを順に取り上げ、笑いの受け取り側の反応を記述する。

    笑い学研究 17(0), 3-15, 2010

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  • 屋内照明 : オフィス昭明の変遷

    高橋 貞雄

    The purpose of this paper is to trace the development of office lighting from 1960 to the present. Particularly, the development of lighting system to conserve energy and the improvement of lighting quality in an office space for the past 50 years have been discussed.

    照明学会誌 93(9), 674-683, 2009-09-01

    参考文献59件

  • 大正期における「プロレタリア文化」概念の出現と「批判的な文化想像力」の展開

    ゲイル カーティス アンダーソン

    日本女子大学紀要. 人間社会学部 20, 115-133, 2009

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  • 核酸系化合物のうま味の発見とその後の展開

    國中 明

    核酸系化合物のうち5'-イノシン酸と5'-グアニル酸はうま味を呈し、L-グルタミン酸と共存するとうま味が相乗的に増強した。リボ核酸(RNA)をアオカビ酵素ヌクレアーゼP_1によって分解し、この鰹節のうま味5'-イノシン酸と椎茸のうま味5'-グアニル酸を同時に生産することが可能となり、これらを昆布のうま味L-グルタミン酸に配合して相乗作用を活かした複合うま味調味料が1961年に誕生した。ヌクレアーゼP_1は生化学基礎研究にも貢献し、また核酸分解物からはインターフェロン・インデューサー、抗腫瘍剤、抗ウイルス剤、血圧降下剤、準必須栄養素、各種診断薬、遺伝子治療素材などが生み出されている。

    日本味と匂学会誌 = The Japanese journal of taste and smell research 15(2), 159-168, 2008-08-01

    参考文献15件

  • 西鶴と芭蕉 : ふたりの俳諧師<その七>

    荒川 有史

    文学と教育 (208), 57-66, 2008-07-15

  • テレビジョンとモダニズム : 皇紀二六〇〇年の実験放送/国策展覧会をめぐって

    飯田 豊

    戦時下における日本放送協会のテレビジョン開発は、達成目標とされた東京オリンピックこそ霧消したものの、東京市内における実験放送を実現させた。実験局から発射された電波は、百貨店で開催された国策展覧会で頻繁に受像され、人気を博した。本稿では、皇紀二六〇〇年奉祝記念という時局における、テレビジョンに仮託されたモダニズムとナショナリズムの相克のありようを、実験放送の仔細を分析することを通じて解明した。こうして戦後の「テレビ」への伏線を明らかにすることで、いわゆる「街頭テレビ」の起源神話をくつがえすことが、本稿の企図である。

    福山大学人間文化学部紀要 8, 69-88, 2008-03

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  • サルトルは日本でどのように受容されたか : その黎明期を中心として

    増田 靖彦

    サルトルが日本に受容されるに当たっては、いくつかの困難が存在した。彼の多様な執筆活動に対応しきれない日本のアカデミズムの構造や、第二次世界大戦という世界の特殊な状況などがそれに当たる。 そうした困難を克服しつつ、サルトルの受容はまず作品の素描や翻訳から始まった。その蓄積はやがて、サルトルの作品を総体として論じる試みとなって現れる。その嚆矢となったのが、サルトルをフッサール現象学に基づいた自我の問題提起として読解する研究であり、自己と他者の関係を基礎付ける人間学として読解する研究であり、今日の人類が抱える思想的課題と格闘する文学者として読解する研究であった。これらの研究はいずれも、サルトルの思想家としての側面に焦点を当てていることが特徴的である。 しかし、サルトルの作品における形式及び内容の変化と、行動する知識人というイメージの流布とによって、そうした研究動向にも転換の時期が訪れる。日本におけるサルトルの受容はもっぱら実存主義者サルトルを前面に押し出すようになっていくのである。This paper tries to clarify how Sartre's thoughts came to be known and studied in Japan. At the time they were introduced into Japan, there were two main difficulties: the subdivided organization of special studies in Japanese academia and the grave situation of the world during World War II.  The introduction of Sartre into Japan began with the sketch or translation of his works. These efforts easily made it possible to treat the works of Sartre as a whole. An assortment of studies appeared such as those which discussed his thoughts on the problematic of ego based on Husserlian phenomenology, those which concidered his thoughts as an anthropology founded on the relationship between the self and the other, and those which considered him to be a man of letters tackling every kind of task important for the modern human. Each one of these studies focused on the thinker in its own characteristic way.  However, as Sartre altered the form and content of his works, and was held in high reputation as the intellectual who acts, the studies on Sartre gradually began to move in another direction. They came to project Sartre as an existentialist in the foreground of their interpretations.

    人文 6, 81-101, 2007

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  • 伊豆須崎の維管束植物相

    近田 文弘 , 松本 定 , 勝山 輝男 [他] , 小西 達夫 , 笹本 岩男 , 野口 英昭

    Suzaki, Shimoda City is a small coastal area, approximately 3km×2.5km, which is located in the southern part of Izu Peninsula, Shizuoka Prefecture, Japan. The natural environment of this area is preserved in good conditions; the vegetation is characterized by dense natural forests of evergreen broad-leaved trees and littoral plant communities along the sea shore. Vascular plant flora of Suzaki has been investigated since 2001 from two view points. One is chronological view point; the present flora is compared with that in 1980, when a book on the flora of Suzaki was published by the Biological Laboratory, Imperial Household, Tokyo. Another is taxonomy of littoral type taxa. Present study revealed that number of taxa distributed in Suzaki have increased and new littoral taxa are recognized. In the present study, 673 species, 13 subspecies, 106 varieties, and 26 formas (770 taxa) are included in 426 genera in 127 families of vascular plants. Those in 1980 are 577 species, 8 subspecies, 69 varieties and 20 formas (614 taxa) included in 375 genera in 116 families. During the course of the study, one species, 14 varieties, 13 formas, 3 hybrids were described as new taxa as well as 7 new combination of scientific names. Among these taxa, 18 are littoral type.

    国立科学博物館専報 42, 113-221, 2006

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  • Valle-Inclanの『聖なる花』(翻訳)(文学)

    堀内 研二 , 堀内 研二 [訳]

    Estudios hispanicos 29, 23-72, 2005-03-31

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