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Abstract
本論文は大戦間期カナダにおけるエスニック・コミュニティーの形成をウクライナ系・日系カナダ人を事例に考察する。エスニック・コミュニティーは自称「グループの代表者」であるエスニック・エリートがホスト社会の差別に対処しながら,自らのグループのメンバーを,新聞や講義やその他政治的活動を通じて動員することによって形成される。ウクライナ系・日系エリートはそれぞれの拠点であるウィニペグ・バンクーバーで政治的組織を形成し,遠隔地の民衆のエスニック意識の促進に努めた。アルバータ州の中東部,カナダ最大のウクライナ系コロニーの最西端に位置するオパル・メイブリッジ地方はウクライナ系・日系移民が第二次世界大戦以前に共存した希なフロンティアの農村であり,そこで厳しい生活を営む移民にとって,ウクライナ系・日系エリートからの政治的メッセージの重要性は薄かった。さらに,ウクライナ系・日系エリートの影響力は,主流であるイギリス系に比べると弱かった。しかし,多かれ少なかれ,オパル・メイブリッジ地方の日系・ウクライナ系民衆はその地域を越えたエスニックの「想像の共同体」に属し,当地の「モザイク」的特徴を育んだのである。
Journal
- The journal of American and Canadian studies [List of Volumes]
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The journal of American and Canadian studies 20, 1-31, 2003-03-31 [Table of Contents]
Sophia University