近代ロシア語動詞のアスペクト的対立 : 人間の基本的動作の諸相を表す動詞を中心に

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抄録

動詞が,完了体と不完了体という二項対立のかたちではまだ認識されておらず,また,接頭辞の付加されない動詞の多くが,いわば「アスペクトに関して中立的に」用いられていた近代ロシア語に関しては,現代ロシア語のアスペクト対立の特徴,或いは動詞の「文法カテゴリー」としてのアスペクトを論じる際に挙げられる論拠は,必ずしも当てはまらない。本報告は,近代において生じた変化をもとに,アスペクトの文法カテゴリー化の過程を考察するための手掛かりを得ようとしたひとつの試みである。もともと,статьからはставатьが,сестьからはселатьが,лечьからは(必ず接頭辞を伴い)легатьが派生され,そして,17世紀に書かれたスラヴ語文法中では,статьとстоять, сестьとсилетьは,同一の動詞の時制のパラダイムの中で扱われていた。これらは何故,становиться-стать салиться-сесть, ложиться-лечь,という,形態的にも,またヴォイス体系の枠内においても変則的な対立に取って代わられたのだろうか。また,特にстать, лечьに関して言えば,習慣的に繰り返された行為を表すような-つまり現代ロシア語の完了体の特徴を当てはめられないような-用例が近代においても見受けられるのだが,これをどう把えたらいいのだろうか。これらの動詞に関しては,18世紀半ば,ロモノーソフが次のように記している:「多くの動詞は幾つかの自制をもたないが,そのようなときは意味の近い動詞からの借用時制をもっている。Сажусь,完了過去と完了未来として,古い動詞с〓лаюからс〓лъ,сялуを借用。Становлюから作られたстановлюсьの完了過去は,стоюからсталを借用(『ロシア語文法』§421,423)」。これが恐らく,これら補充法によるペアに関する最初の言及だろう。また,19世紀半ばにおけるПавскийの記述,それに反論する形でなされたПотебняの考察からは,ставать,селать,легатьに,多同体的なニュアンスが強く含まれていたことが窺われる。そして,стать,сесть,лечьから規則的に派生された動詞との対立が,変則的な対立に取って代わられたことは,近代において,多回体などを含み多項的になった動詞体系が,時制のパラダイムを考察する過程を経て二項対立的に整理されてきたことと関連しているのではないだろうか。そのような過程において,本来瞬間的な行為を表す完了体的なстать,сесть,лечьに対して,становиться,салиться,ложитьсяが,過程も表しうる不完了体として安定したア スヘクトペアを形成したことは,これらの形態的な特徴からの説明が可能である。

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