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Abstract
古典語に,二つの目的語が一つの述語に呼応する次のような文が見られる。(1)あるは倶舎經の御讀經とて,眞言の心ばへありと聞しめすをば,世に出でたるをも,山に籠り寺に籠りゐたるをも召し出づれば,(『栄花物語』巻一五)(2)又朝敵ナドヲハ,ミヤコニ,トガ人ヲ,入テヲク,楼アリ。(『玉塵抄』巻一)従来の研究では,ヲバやヲそれぞれの機能には言及されているものの,このような文型の考察は行われていない。また,古典語においてヲが重用される例の指摘はあるが,ヲバをヲと全く同じ対格として取り扱っている点,意味記述において,第一の格と第二の格の関係が明示されていない点は検討の余地があると思われる。この文型と明らかに共通点を持つものが,水海道方言(佐々木冠(1998)),八丈島三根方言(金田章宏(1993))等の現代の方言で指摘されている。しかし,古典語に二重対格構文の存在したことが看過されてきたために,それらの指摘が個別に行われている。そこで本発表では,先のような文を「AヲバBヲVスル」とおき,室町時代の抄物や切支丹文献を中心に具体的用例を収集し,この構文の働きとして次の点を主張した。・用例の分布とロドリゲスの記述から見て,古典語には「〜ヲバ〜ヲ」構文が存在した。・「〜ヲバ〜ヲ」構文のAとBの関係は,「全体-部分」関係であるものが多い。(人突く牛をば角を切り,人食ふ馬をば耳を切て,その印とす。(『徒然草』一八三段))・「〜ヲバ〜ヲ」構文の動詞は,動作そのものの対象がふたつある動詞に偏っている。(いつも主人のことを恨み訴ゆる者をば所知,財寶をもはぎ取れ。(『天草版金句集』Fの部))・「〜ヲバ〜ヲ」構文に移動動詞が用いられる場合,AとBが「人-場所」関係となる。・「〜ヲ〜ヲ」構文は,AとBの関係が多様であること,動詞の制限が少ないこと,係助詞ハが現れることなどで「〜ヲバ〜ヲ」構文とは異なる。・「〜ヲバ〜ヲ」構文の指摘によって,水海道方言・八丈島三根方言と古典語との関わりが指摘できると考えられ,それら諸方言の源を古典語に見出しうると言える。この考察は,現代語の方言における二重対格構文の指摘や,現代標準語で二重対格構文が非文法的とされることなどに新たな視野を切り拓くと考えられる。
Journal
- Kokugogaku : studies in the Japanese language [List of Volumes]
-
Kokugogaku : studies in the Japanese language 52(3), 95-96, 2001-09-29 [Table of Contents]
The Society of Japanese Linguistics