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Abstract
バーヴィヴェーカ(Bhaviveka,490-570頃)は,『中観心論』第5章において,唯識無境説および遍計所執性(構想分別された性質)批判に関連して,世俗の立場からという限定つきながら,自らの知覚論と意味論を展開する.その知覚論によれば,元素の集積したものが認識対象(alambana所縁)となり,それはまた,それに似た顕現をもつ知の原因(tadabhamatihetu)であるという(kk.35-36).視覚の対象は色形(rupa)であり,それはまた,音声や香り等の色形でないものから区別された,基体(vastu)として顕現する知の活動対象(gocara)であるともいわれる.そのような色形はまた,-縄を縄として認識するような-分別知の対象として存在する.本論文は,このようなバーヴィヴェーカの知覚論の特色に焦点をあて,かれが後代に得た「経[量部]中観派」という呼称との関連を考察する.その上でまた,知覚論の視点からみた説一切有部,ディグナーガ,およびダルマキールティ説との連続性と異質性の一端を跡づける.
Journal
- Journal of Indian and Buddhist studies [List of Volumes]
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Journal of Indian and Buddhist studies 54(3), 1212-1220, 2006-03-25 [Table of Contents]
The Japanese Association of Indian and Buddhist Studies