幕府撰日本図に見る近世越中の地域像

書誌事項

タイトル別名
  • バクフセン ニホンズ ニ ミル キンセイ エッチュウ ノ チイキゾウ
  • The Area Picture of ETTYU-Country in the Edo Era that is seen in Japanese Figure of Edo Shounage Preparation

この論文をさがす

抄録

近世には様々な日本図が作成された。その中でいうまでもなく最重要なのは,幕府が作成した日本図である。豊臣政権の後を引き継いだ徳川政権は,全国土を掌握した政権としての正当性を示すためにも,全国60余州の国絵図を大名らに作成,提出させ,これを基に日本図を作成した。慶長,寛永,正保,元禄,そして天保と各時期に国絵図が作成されたが,これらの国絵図から寛永,正保,元禄,享保の各日本図が作成されたことが判明しており,その図や写が現存する。慶長の日本図については記録がなく作成されなかったとも考えられているが,作成されなかったことが論証されているわけでもない。 幕府撰日本図は,いうまでもなく大名らが提出した国絵図をもとに作成されたもので,幕府が全国各国の地域をどのような姿のものとして把握,認識することになったかを示すものである。また,これを直接に見るのは将軍や幕閣ら幕府役人であり,実際に将軍吉宗は頻繁にこの日本図や国絵図を閲覧していたことが知られている 。日本図に描かれた地域像は当然に彼らに各地の地理状況を示し,その基本的な情報となるだけに重要なものである。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ