抄録
近年、地球規模に及ぶ環境破壊、また、相次ぐ大地震・大風水害の経験を経て、人々の環境や自然災害への意識が高まっている。歴史・経済史の分野においても、環境史・災害史に強い関心が寄せられ、国家・行政の危機管理、セーフティネットのあり方を歴史的に遡及する貴重な研究成果が着々と蓄積されている。本稿では、このような歴史・経済史研究の新たな課題に応える一試みとして、阿部氏治世期を中心に、備後国福山藩における起こし鍬下年季仕法の構造とその展開過程を分析する。福山藩では水害を受けた耕地の復旧を領民に行なわせ、これと引き替えに一定期間年貢負担を免除する起こし鍬下年季仕法の展開がみられた。本稿では、まず、他地域の実施事情を探るべく、天領および徳島・宮津両藩における耕地保全策としての鍬下年季仕法の展開事情を考察する。続いて、福山藩の耕地環境・水害事情、起こし鍬下年季仕法の実施原理、鍬下年数の算出法を分析し、福山藩起こし鍬下年季仕法の制度的構造を明らかにする。次いで、17世紀末の芦田郡阿字村、19世紀初頭の分郡草戸村・佐波村、幕末期の大水害時における同仕法の展開事情を探り、耕地水害復旧支援策としての福山藩起こし鍬下年季仕法の意義と特質、その限界点を解明する。