特殊化したミノガ科の1種,グロミノガAcanthopsyche nigraplaga(Wileman)の雌の外部形態と筋肉系に関する研究(鱗翅目)

書誌事項

タイトル別名
  • External morphology and musculature of the female of a specialized psychid, Acanthopsyche nigraplaga (Wileman) (Lepidoptera, Psychidae)
  • External morphology and musclature of the female of a specialized psychid, Acanthopsyche nigraplaga(Wileman)(Lepidoptera, Psychidae)

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抄録

ミノガ科の中で♀の形態の退化が著しく進んでいるδ段階(三枝,1962の分類)に属するネグロミノガの♀の外部形態と胸部及び腹部の筋肉系について調査した.外部形態については,頭部と胸部が著しく小型化すると共に,その付属肢や翅などは著しく退化するかまたは消失しており,逆に腹部は著しく容積を広げ,末端の産卵器は短縮していた.頭部には触角の痕跡,口器の痕跡が現れていた.触角の痕跡は単に円錐状のものから,分節が見られ,幼虫の触角にやや類似した様相を示すものまで変化が見られた.口器については,最も発達した個体では,大腮が不規則な形状の微小で扁平な骨片として現れ,小腮が下唇の両側に小隆起として現れ,下唇は大型円錐形の突出部で基部を取り巻く骨化部や先端の下唇鬚ないし吐糸管の痕跡と思われるものが認められた.複眼や個眼構造は失われていたが,触角基部の外側の頭蓋のクチクラは退色して,この直下に眼点の黒色の組織が存在した.膜状骨前孔は顕著で,頭部中央のやや側方に開口していた.幕状骨は細いが,よく発達していた.胸部は背域が弱く骨化し,側域と腹域はほとんど膜状であった.中胸背域側部には個体によって弱い膨出部が認められたが,これは前翅の原基の痕跡の可能性がある.胸脚は痕跡的であるが,しばしば2-3節に不完全に分節し,その形状は幼虫のそれに類似していた.胸部の腹中線域には微小な骨片が現れることが多く,これはfurcasternumの痕跡であろう.腹部は第1腹節の背域と第8腹節及び肛門葉の基部を除いて全て膜質化する.第8腹節は環状の骨化が認められ,本来の前陥入突起はほとんど消失していた.肛門葉は小形で,大部分が膜質化し,微小な毛を生じていた.後陥入突起は短いが,存在し,その末端は第8腹節に達していた.筋肉系は胸部では著しく退化し,腹部ではよく発達するが,筋肉は著しく薄く膜状であった.前胸及び後胸にはやや発達した背縦走筋が認められたが,その他の筋肉はほとんど認められなかった.後胸には著しく細い背縦走筋が認められた.第1腹節の筋肉系は第3-6腹節のそれにやや類似しているが,かなり退化していた.第2腹節の筋肉系は第1と第3-6腹節のものの中間的な状態であった.第3-6腹節の筋肉系はほぼ同じで,Fig.10に示したように,よく発達していた.特に背縦走筋と腹縦走筋は帯状に発達し,また背域と腹域を結ぶ側筋は表皮に接して膜状に幅広く発達していた.第7腹節の筋肉系はそれより前のものにやや類似しているが,縦走筋は背腹ともに外縦走筋の発達が悪く,内縦走筋が第8節の骨化部に付着していた.第8腹節からは肛門葉を上下に動かす挙筋と屈筋,内転筋,及び後陥入突起の伸縮に関与する筋肉が認められた.これらの外部形態及び筋肉系と,雌の行動との関連は以下のとおりである.1)頭部と胸部の骨化は,羽化(蛹から成虫への脱皮)において,蛹の頭部及び胸部クチクラを裂開するために一定の機能を持っていると考えられる.ただ,この部分には特殊な突起を有しないので,蛹の頭部及び胸部のクチクラをオオミノガの場合のように破壊することはできない.2)前胸及び中胸の背縦走筋は,その収縮によって頭部及び胸部背面の骨化部を体の前下方に屈曲させることが可能で,それによって蛹殻内での唯一の外界と接する面を閉ざし,軟弱な腹部などを,外敵から保護する機能を持っていると考えられる.3)体の大部分が膜質化しているのは,雌が蛹殻及びミノの中を移動する唯一の運動手段である蠕動運動を円滑に行うために寄与していると考えられる.同様に腹部の縦走筋及び側筋は,蠕動運動が顕著に認められる第3-6腹節でよく発達しており,これらの筋肉も蠕動運動に寄与するところが大きいと考えられる.4)肛門葉を含む産卵器は短縮し,先端はほとんど膜状で軟弱であるが,その方向を自由に転回できるための筋肉系は発達している,これによって,蛹殻内にいる雌が,その底部から卵を詰めていく産卵様式を可能にしている.なお,これらの構造の進化学的意義は以下の通りである.1)成虫期の外部構造を極端に退化させ,それに関連する筋肉を退化させ,また表皮のクチクラを薄層化する事によって,幼虫期に獲得した体物質の大部分が卵巣の成熟に向けられることが可能になっていると考えられる.2)ミノ及び蛹殻という二重の保護構造が,表皮が軟弱で,付属肢などを欠いている無防備な雌を進化させ,またそれを保護する手段になっている.3)腹部の筋肉系は以下の3機能に集約されている:前胸と中胸の背縦走筋で頭部を胸部腹側に屈曲させて,雌の体を保護する機能;第3-6腹節に最もよく発達した背・腹縦走筋と側筋によって蠕動運動を行う機能;産卵器に付随した筋肉によってその方向をかなり自由に転回できる機能.4)雌成虫の体を単純化ないし退化させる過程で,成虫に向かう形態形成が遅滞し,その結果,幼虫のそれに類似した構造が頭部や胸部の外部形態に現れている.これは成虫の翅の退化を考慮すると,ミノガ科の進化におけるネオテニー的傾向の現れであると解釈できる.

収録刊行物

  • 蝶と蛾

    蝶と蛾 52 (4), 313-331, 2001

    日本鱗翅学会

参考文献 (11)*注記

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