ピエゾ応答力顕微鏡を用いた有機強誘電体ドメイン構造と分極反転過程の可視化(最近の研究から)

  • 賀川 史敬
    理化学研究所創発物性科学研究センター
  • 堀内 佐智雄
    産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Ferroelectric Domain Structure and Polarization Switching Process in an Organic Ferroelectric Probed by Piezoresponce Force Microscopy(Research)
  • ピエゾ応答力顕微鏡を用いた有機強誘電体ドメイン構造と分極反転過程の可視化
  • ピエゾ オウトウリョク ケンビキョウ オ モチイタ ユウキ キョウ ユウデンタイ ドメイン コウゾウ ト ブンキョク ハンテン カテイ ノ カシカ

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抄録

強誘電体は,不揮発性メモリ,キャパシタ,アクチュエータ,熱・圧力センサー,波長変換など,工学的に大変重要度の高い電子機能材料である.一方,材料を構成する元素に目を向けてみると,依然として材料開発が解決すべき課題は残されており,たとえば不揮発性メモリや圧電素子に広く用いられるPb(Zr,Ti)O_3(PZT)など,多くの強誘電体は有毒な鉛を含んでおり,また,その代替や光学応用にも利用される非鉛系強誘電体SrBi_2Ta_2O_9(SBT)やLiTaO_3(LT),LiNbO_3(LN)は,ビスマスやリチウムといったレアメタルの多用が目立つ.このような元素を用いることなく,軽量でフレキシブル,大面積といった新たな機能を持つデバイス実現に向けても,著者らは特に炭素,水素,窒素を主成分とする有機強誘電体を中心に,材料開発と物性評価を進めている.その結果,これまでに10例を超える室温有機強誘電体を見出すことに成功し,低分子系は豊かな強誘電体材料基盤であることが分かってきた.一方で,強誘電体一般の学理に対しては,有機強誘電体の登場は新しい展開をもたらしうるだろうか?たとえば有機電荷移動錯体系においては,スピンパイエルス機構に基づく磁性強誘電体(マルチフェロイックス)や,中性イオン性転移に基づく電子強誘電体が立て続けに発見されており,少なくとも新しい話題を提供していることは間違いない.本稿で焦点を当てるのは水素結合型の有機強誘電体であるが,分極の向きの異なる領域(ドメイン)が試料内に分布する,いわゆるマルチドメイン構造のトポロジーと電気分極の反転特性との相関といった,強誘電体に広く関係する問題に対して一定の知見を得ることに成功している.有機強誘電体が強誘電体一般の学理構築に貢献した一例であると言ってよいだろう.電場による自発電気分極の反転は,強誘電体が示す最も基本的な機能性の一つであるが,この過程は異なる分極を持つドメインを隔てるドメイン壁の運動に密接に関連している.現実にはしばしば不完全な分極反転が観測されるが,その主な原因として結晶中の不純物や欠陥などによるドメイン壁のピン止めが知られていた.これに対し最近著者らは,マルチドメイン構造のトポロジー自体が実質的に反転可能な分極を決定する要因になりうることを見出したので,本稿でこれを紹介する.対象とした物質は酸と塩基が分子間で水素結合した,室温以上でも強誘電性を示す有機物である.単結晶において,ピエゾ応答力顕微鏡による微視的なドメイン観察と巨視的な分極履歴曲線の測定を相補的に行うことで,反転可能な電気分極とドメイン構造との相関を調べた.強誘電ドメイン壁は,その境界面の向きに応じて荷電ドメイン壁と非荷電ドメイン壁に分類されるが,本研究から荷電ドメイン壁は強くピン止めされる傾向にあり,それゆえ荷電ドメイン壁を多く含むマルチドメイン構造は不完全な分極反転を示すのに対し,荷電ドメイン壁が非荷電ドメイン壁に置き替わった場合は,バルクな分極反転が容易に起こることが明らかになった.以上の結果は,荷電ドメイン壁と非荷電ドメイン壁の割合が,実質的な分極反転を決める要因になりうることを示している.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 69 (9), 634-638, 2014-09-05

    一般社団法人 日本物理学会

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