論語「司馬牛問」章の解釈

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  • ロンゴ シバ ギュウ モン ショウ ノ カイシャク

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抄録

『史記』仲尼弟子列伝に、司馬耕、字子牛。牛多言而躁。問仁於孔子。孔子曰、仁者其言他訒。曰、其言也訒、斯可謂之仁乎。子曰、為之難、言之得無訒乎。問君子。子曰、君子不憂不懼。曰、不憂不懼、斯可謂之君子乎。曰、内省不疚、夫何憂何懼。と見える。こと司馬耕(あるいは司馬牛)に関して、司馬遷が記録したものといえば右の僅か八〇字の記述がその全てである。引用文中の「牛ハ多言ニシテ躁ナリ」なる批評が、いかなる資料に基づいて発せられたものであるかは問わぬとして、人間洞察に優れる司馬遷が、司馬耕に与えたこの人物評語は『論語』中の「司馬牛問仁」章の解釈に大きな影響を与え続けて来た。その事は本論でも触れる通り、紛れるかたなき明確な事実と言える。さて、標題に掲げた問題の「司馬牛問」で始まる章は『論語』の中に二章存している。一章は「司馬牛問仁」(顔淵篇)の章であり、他は同じく顔淵篇の「司馬牛問君子」のそれである。この小論では、これら二章に、更に、『論語』の中で司馬牛が登場しているいま一つの章、即ち、顔淵篇の「司馬牛憂曰、人皆有兄弟、我独亡」の章をも加え併せた三章を分析の対象とし、それらに考察を加えることによって、司馬牛の人となりを明らかにし、そこから遡って、『論語』の「司馬牛問」の二章に対する解釈を試みる。

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