<特集論文>バナバ人とは誰か : 強制移住の記憶と怒りの集合的表出

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タイトル別名
  • Collective Memory with Resentment: e Tragic History and Self-recognition of Banabans in Fiji

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抄録

本稿の目的は、外在的な差異が弁別の指標とはなり難い状況において、自他を弁別する人間のカテゴリーがいかに生成するのか、怒りの集合的表出と歴史記憶の結びつきを軸として考察することである。事例としてとりあげるバナバ人は、良質の燐鉱石を産出した中部太平洋の隆起サンゴ礁、バナバ島に第二次世界大戦時まで居住していた人々である。20世紀初頭、バナバ島は英国によって植民地化され、住民の反対にもかかわらず、燐鉱石採掘が強行された。そして、太平洋戦争が勃発すると、島を占領した日本軍によって、バナバ人は故郷の島を追われることになった。第二次世界大戦後の1945年、人々は、燐鉱石採掘の拡大を目指す英国によって、半ば強制的にフィジー諸島のランビ島に移住させられた。さらに、脱植民地化を経て、故郷のバナバ島はキリバス政府に領有され、バナバ人は今日まで帰還を果たせないまま、国境を隔てたフィジーのランビ島を拠点として生活している。バナバ人は、故郷の島を支配するキリバス政府に対して批判的態度をとり、バナバ島の所有権およびキリバス人とは異なる固有のエスニシティを主張している。一方、キリバス政府は、バナバ島領有の正当性を主張し、バナバ人エスニシティの固有性を否定する。実際のところ、バナバ人とキリバス人の区分は曖昧であり、バナバ人を文化的・形質的にキリバス人と明確に弁別することは困難である。一方バナバ人は、ランビ島への移住後、半世紀以上にわたり、赤道直下のサンゴ島とは異なる、「高い島」の環境のなかで生活を続けてきた。ランビ島のバナバ人は、生業様式や言語等、新たな文化要素を摂取しながら、キリバス人との差異の記憶を刻み続けている。こうしたなか、「バナバ人であること」を満たすには、自己認識の次元において、バナバ人の「血」を有し、歴史記憶を保持することが必要である。ただし、「血」の自認および歴史経験の知識は、バナバ人としての自己認識を生起させるには不充分である。これらを所与としたうえで、今日まで続く悲劇的経験を当事者として引き受け、怒りを伴って歴史記憶を想起することが、「バナバ人であること」の要件となっている。

収録刊行物

  • コンタクト・ゾーン

    コンタクト・ゾーン 6 (2013), 60-81, 2014-03-31

    京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1050282810790157952
  • NII論文ID
    120005617578
  • NII書誌ID
    AA12260795
  • ISSN
    21885974
  • HANDLE
    2433/198485
  • 本文言語コード
    ja
  • 資料種別
    departmental bulletin paper
  • データソース種別
    • IRDB
    • CiNii Articles

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