科学史上の旧理論の教授価値について : 高校生物における用不用説の取扱いに焦点を当てて

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タイトル別名
  • The Value of Teaching Old Theories in the Scientific History : Focusing on the Treatment of Use-and-Disuse Theory in High School Biology

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抄録

本研究では,高等学校の生物,特に生物の進化に関わる学説について,科学上の旧理論(用不用説など)が教科書において取扱われていることに着目した。まず,このような旧理論が提示されることは,教授したい(現代では正当とされる)科学理論・学説について,その意義や特徴が明確になることで,生徒の理解や記憶を促進できるからではないか,という仮説を立てた。そして,実際にプレテスト・ポストテストからなる調査を実施することによって,この仮説の検証を試みた。 自然選択説だけではなく用不用説も提示した上で,さらに後者が誤りであることを明示することで,理解(記憶)が促進されることが,結果の一部から示唆された。これは,筆者らの仮説を支持するものである。つまり,科学上の旧理論には,それ自体の教授価値はともかく,現代の理論を学習するうえでの「功利的」な価値を見いだしうるということである。 ただし,今回の調査では,被験者数が限られおり,仮説を支持しない結果も得られた。さらに,被験者が本学の学生のみであることから,一般的な生徒・学生を代表していない可能性もある。また,1週間という短期的なスパンでのポストテストであるため,長期的な記憶や,真の「理解」については,十分には検証できていない。従って,このような結果や考察を一般化するためには,より長期的・多面的な調査,および,他の科学理論についての調査が必要である。 また,実験群においても,科学的に現在では妥当と考えられている学説を選択できていない者が少なくない。このことから,生物授業において両学説を紹介する場合でも,それらがかえって混乱を招かないよう,それらの正誤とその根拠については,注意深く解説する必要がある。さらに,自然選択説などの進化学説の説明においては,キリンの長い首がよく例として取り上げられる(本研究のプレテストでも採用した)が,本研究のポストテスト(チーターの速い脚)のように,他の進化事象も取り上げたり,典型例を応用させるような練習も,理論について深く理解するためには有効であると考えられる。 最後に,本研究では立ち入らなかったが,科学史にはそれ自体にも独自の十分な学習価値があるという主張が,説得力をもってなされている。これについては,福井・鶴岡(2003)で詳しく論じたが,例えばMatthews(1997)は,理科教育において科学史を活用する意義・根拠について,以下の7点をあげている。   1. 歴史は,科学的概念・方法のより良い理解を促進する。   2. 歴史的アプローチは,個人的思考の発達を,科学的アイデアの発展と結び付ける。   3. 科学史は,本質的に,労力をかけるだけの価値がある。科学史・文化史における重要なエピソード―科学革命,ダーウィニズム,ペニシリンの発見など―は,全ての生徒がよく知っているべきである。   4. 歴史は,科学の本質の理解のために,不可欠である。   5. 歴史は,科学テクストや科学クラスに一般に見出される,科学至上主義や独断主義を和らげる。   6. 個々の科学者の生涯や時代を調べることによって,歴史は科学の素材を,それを生徒にとってあまり抽象的ではなくむしろ没頭させるものとしつつ,人間的なものにする。   7. 歴史は,科学のトピック・学科が,その他の人文学科と結び付くのを容認するだけではなく,相互に結び付くことをも容認する。すなわち,歴史は,人間の業績の集約的・相互依存的な本質を表す。 従って,本研究で示唆された旧理論の「功利的」な有用性にのみ着目するのではなく,科学史をより積極的に理科教育の中で活用していくことも,必要であると考える。また一方,本研究で取り上げた「生物進化」についても,日本の理科教育においては決して重視されているとは言えない。しかし,福井・鶴岡(2002)で論じたように,その学習には他の生物学の主要概念と比べても特筆すべき意義があるため,より積極的な取扱いが必要であろう。

In Japanese high schools, science education generally teaches only the latest theories. However, in biological education, old theories often appear in textbooks. For example, in biological evolution, the textbooks are still teaching Lamarckian evolutionary theory (the theory of use-and-disuse). Why are schools teaching such old theories in fields of science? One answer is because there is an opinion that scientific history has educational value and perhaps practical value as well. Presenting old theories may improve student understanding and memories of current theories. This hypothesis has been verified in pre- and post-tests. Consequently, where classes teach both the theory of natural selection and the theory of use-and-disuse, a better understanding (memories) of biological evolution has been promoted. Therefore, the hypothesis of this study has been supported to some extent. However, a final conclusion is premature as there are still some problems remaining to be resolved.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1050282813006782464
  • NII論文ID
    120005732079
  • NII書誌ID
    AA11561471
  • ISSN
    13465880
  • Web Site
    https://az.repo.nii.ac.jp/records/4519
  • 本文言語コード
    ja
  • 資料種別
    departmental bulletin paper
  • データソース種別
    • IRDB
    • CiNii Articles

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