ダウン症候群の発達遅滞と早発認知症における大脳皮質の可塑性に関する研究

DOI
  • 髙嶋 美和
    専門学校柳川リハビリテーション学院理学療法学科 国際医療福祉大学大学院
  • 髙嶋 幸男
    国際医療福祉大学大学院 柳川療育センター
  • 髙橋 精一郎
    国際医療福祉大学大学院

抄録

【目的】ダウン症候群(Down syndrome:DS)の臨床症状では、特徴的な顔貌、筋緊張低下があり、乳幼児期から学童期にかけて精神運動発達遅滞が起こり、さらに成人期では早発アルツハイマー型認知症が発症する。小児期のDS脳の特徴として、新生児期には樹状突起のシナプス後突起であるスパインがやや小さく、幼児期にはスパイン密度がやや少ない。学童期以降のDS脳では、年齢の増加につれ樹状突起とスパインが減少し、20歳を過ぎると著明に少なくなる。さらに成人期のDS脳では、30歳以降にアミロイド沈着老人斑や神経原線維変化などのアルツハイマー型の病変が生じる。臨床的には、この病変に少し遅れて、知能や認知の退行が現れるといわれている。今回、DSの前頭葉領域の大脳皮質の発達的遅滞と加齢的退行について形態学的な機序と可塑性を追求した。<BR><BR>【方法】対象は、DSの在胎19週から63歳までの各年齢の剖検ヒト脳組織(前頭葉領域の大脳皮質)18例とした。24時間以内に病理解剖がなされ、ホルマリン固定した脳組織をパラフィン包埋した脳組織ブロックの薄切切片を用いて、ユビキチンカルボキシル末端酵素のProtein Gene Product 9.5(PGP9.5)にて、ペルオキシダーゼ染色(biotin-streptavidin法)し、免疫組織化学的に発現を観察し、検討した。なお、病変を認めない剖検ヒト脳組織30例(在胎13週から75歳)の正常例を比較対照群とした。分析は各大脳皮質標本について1~6層におけるPGP9.5陽性神経細胞の割合とニューロピルの染色状況を観察した。PGP9.5陽性細胞の割合によって、陽性細胞が0個であるものを陰性(-)、陽性細胞が数個であるものを軽度陽性(±)、陽性細胞の割合が50%未満のものを陽性(+)、陽性細胞の割合が50%以上のものを陽性(++)、さらに陽性細胞の割合が50%以上で強い染色性を示したものを強陽性(+++)とした。<BR><BR>【説明と同意】全ての脳標本は、両親または親権者から病理解剖と研究使用の承諾が得られた脳組織のみを使用した。なお本研究は、国際医療福祉大学研究倫理審査委員会から承認を受けた後に実施した。<BR><BR>【結果】比較対照群(正常脳)の大脳皮質(前頭葉)各層の神経細胞では、在胎13週からPGP9.5陽性細胞が軽度に陽性(±)であった。PGP9.5陽性細胞は在胎29週から39週に最も増加し、乳児期から学童期まで陽性であり、その後、成人では減弱していた。これに対し、DSの大脳皮質(前頭葉)では、陽性細胞が在胎19週より軽度に陽性から陽性(±~+)を認めたが、その後、陽性細胞の発現が胎児期末期に急速に強陽性(+++)へ増強することなく全体的に弱かった。乳児期には3、5層の陽性発現錐体細胞は減少していたが、2、4層の顆粒細胞は保たれていた。またDS大脳皮質(前頭葉)各層の神経細胞では早くも1歳以降でその発現が(±)へ減弱し始めるが、2層、4層では2歳以降、3層と5層では16歳以降に再び陽性(+)へ増強した。成人のアルツハイマー型病変の例では強発現の神経細胞が混在して認められた。<BR><BR>【考察】正常対照群でみられるように、PGP9.5は神経細胞の発達初期に強く発現し、樹状突起やシナプスの発現と関連すると考えられる。DSでは胎児末期から新生児期のPGP9.5の増強が認められなかったが、新生児期樹状突起のスパインの形態異常と関連すると考えられる。乳幼児期には、3層、5層の錐体細胞ではPGP9.5の発現が減弱しているが、2層、4層は正常に近く比較的発現がよかったが、これは神経細胞の代償とも考えられる。16歳以降でPGP9.5が再増加するのは学童期以降におこる樹状突起の委縮やスパインの減少に伴うシナプスの減少に対する神経細胞の可塑性や活性化を反映しているとも考えられる。また成人では、アルツハイマー型病変の中にPGP9.5の強発現の神経細胞がみられるが、これは神経細胞の変性の一方で残された正常細胞が再活性していることが示唆される。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】近年医学の進歩により、DS患者の平均寿命が延長していることを考えると、今後は、小児期の発達遅滞を予防し発達を促すとともに、成人期DSで高率におこる進行性のアルツハイマー型病変をいかに早期から予防していくかが重要であると考える。今回の結果から、発達期おける顆粒細胞の発現、成人期以降の神経細胞にてPGP9.5の強発現が起こっていることを考えると、成人期DS患者に理学療法的介入を行うことは残された正常神経細胞の活性化に貢献する可能性があると考えられ、本研究結果はアルツハイマー型認知症へのみならず、成人期以降の機能低下を考慮した理学療法を含む適切な予防と治療法を追求する上での1つの指標として活用できると考える。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A4P2004-A4P2004, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680545196544
  • NII論文ID
    130004581815
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a4p2004.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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