脳梗塞ラットの非梗塞側一次運動野におけるシナプス可塑性について

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抄録

【目的】脳卒中後の機能回復メカニズムに関しては,損傷側大脳半球の残存ニューロンの可塑的変化のみでなく,非損傷側大脳半球についても適応的変化が起こることが指摘されている. <BR> 本研究では,脳卒中後の運動機能回復メカニズムを解明するために,実験的脳梗塞後の非梗塞側大脳半球一次運動野におけるシナプス数への修飾を検証することを目的とした.<BR>【方法】8週齢の雄性Wistarラット18匹を用いた.脳梗塞群(n=9)に対して脳梗塞作製手術を,対照群(n=9)に対してsham手術を施行した. <BR> 脳梗塞はintraluminal suture法に準じて作製した.左総頸動脈より塞栓糸を挿入し,左中大脳動脈基部を閉塞した.2時間後に塞栓糸を抜去し血流を再開させた.<BR> 両群とも手術の1日後,2週後,4週後に2種類の神経学的評価(Test 1,Test 2)を実施した.Test 1は神経学的兆候に応じて0~5の6段階に評価するものであり,Test 2は6つサブテストそれぞれに0~3点(もしくは1~3点)が与えられ,その合計点を求めるものである.<BR> 手術後4週に全てのラットから脳を摘出し,2 mm厚の冠状切片を5切片作製した.吻側3切片から右大脳半球一次運動野を摘出した.<BR> 一次運動野を摘出した残りの切片をTTC染色し,撮影した各切片の画像から非梗塞面積を計測した.各個体の梗塞容積を算出し,非梗塞側大脳半球容積に対する梗塞容積の割合を算出した.<BR> 摘出した一次運動野におけるsynaptophysin,PSD-95,β-actinの発現をWestern blotting法にて検出,定量した.<BR> 神経学的評価の解析には,群(脳梗塞群,対照群)と時間(1日後,2週後,4週後)を2要因としたtwo-way ANOVAを実施した.群と時間に有意な交互作用が認められた場合は,各群について時間を1要因としたone-way ANOVAを実施し,Bonferonni testを用いて多重比較を行った.各時間における2群の比較にはMann-Whitney検定を行った.群と時間に有意な交互作用が認められなかった場合は,時間を1要因としたone-way ANOVAを実施し,Bonferonni testを用いて多重比較を行った.脳梗塞群と対照群のWestern blottingの結果の比較にはMann-Whitney検定を行った.結果はmean ± SDで示した.<BR>【説明と同意】本研究は広島大学動物実験委員会の承認を受け実施した.<BR>【結果】非梗塞側大脳半球に対する脳梗塞群の梗塞容積の割合は41.3 ± 17.2 %であった.<BR> 神経学的評価Test 1については,群と時間に有意な交互作用が認められた.脳梗塞群内の比較では,1日後は3.7 ± 1.1 pointであったが,2週後1.0 ± 0.5 point,4週後0.6 ± 0.5 pointと有意に改善していた.対照群はいずれの時点においても正常であり0 pointであった.脳梗塞群と対照群の比較では1日後,2週後,4週後全てにおいて脳梗塞群が有意な機能低下を示した.<BR> 神経学的評価Test 2については,群と時間に有意な交互作用は認められなかった.群の主効果,時間の主効果はいずれも有意であった(脳梗塞群は対照群より有意に機能が低下).時間を要因とした比較では,4週後は1日後と比較して有意に改善していた.<BR> Western blottingによる,非梗塞側大脳半球一次運動野のsynaptophysin,PSD-95の発現は,脳梗塞群と対照群との間に有意差が認められなかった.<BR>【考察】我々は,脳梗塞後の機能回復に非梗塞側大脳半球一次運動野のシナプス数増加が関連する,つまり同部位においてシナプス特異的なタンパクであるsynaptophysinとPSD-95が増加するという仮説のもとで実験を行った.しかしながら結果としてsynaptophysinとPSD-95の発現量が脳梗塞群と対照群で同程度であり,脳梗塞は,非梗塞側大脳半球一次運動野におけるシナプス数増加への影響が乏しいことが示唆された.一方,神経学的評価では機能回復が認められたことから,非梗塞側大脳半球一次運動野のシナプス数増加以外の要素がこの機能回復に関与していることになる.例えば,非梗塞側大脳半球のpremotor areaやsupplementary motor area,sensory area等の一次運動野以外の脳部位におけるシナプス数増加が機能回復に関与しているかもしれない.また,脳損傷後にシナプスの構造が変化するという報告やシナプスにおけるreceptor数の増加を示唆する報告もあり,これらが脳梗塞後の機能回復に関与している可能性もある.機能回復メカニズムを明らかにするためには,機能回復に関与しうるこれらの可能性を一つずつ検証していくことが必要であろう.<BR>【理学療法学研究としての意義】脳梗塞後の理学療法を考える上で,脳梗塞後の機能回復メカニズムを明らかにすることは重要な課題である.本研究はこの機能回復メカニズムの一つと予想される非梗塞側半球一次運動野のシナプス可塑性を検証したものであり,機能回復メカニズムを明らかにするための重要な知見を示すものである.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2009 (0), A4P2024-A4P2024, 2010

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205568450944
  • NII論文ID
    130004581834
  • DOI
    10.14900/cjpt.2009.0.a4p2024.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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