弾性包帯による大腿圧迫は大腿骨近位部骨折術後例の荷重時大腿部痛を即時的に軽減させる

DOI
  • 川端 悠士
    JA山口厚生連 周東総合病院 リハビリテーション科
  • 林 真美
    JA山口厚生連 周東総合病院 リハビリテーション科
  • 佐藤 里美
    JA山口厚生連 周東総合病院 リハビリテーション科
  • 澄川 泰弘
    JA山口厚生連 周東総合病院 リハビリテーション科

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抄録

【はじめに】疼痛は大腿骨近位部骨折患者のリハビリテーション進行の阻害要因となることが多く,疼痛による意欲低下により練習に拒否的な反応を示す症例も少なくない.大腿骨近位部骨折術後例における疼痛は骨折部や術創部の存在する股関節周囲に発生し,骨癒合や術創部の治癒が進行するに従い消失する.しかしこれらの治癒が進んでも股関節周囲の遠隔部位に疼痛を訴える症例をしばしば経験する.坂本(2010)は大腿骨近位部骨折患者の術後疼痛発生状況について,股関節周囲の疼痛は術後経時的に減少するが,一方で荷重時の疼痛に関しては残存する傾向にあり,その発生部位は大腿部に多く認められたと報告している.このような荷重時に大腿部痛を訴える症例に対し,弾性包帯(Elastic Bandage;EB)で大腿部を圧迫することにより,荷重痛が即時的に軽減されることを臨床的に経験する.しかし我々の渉猟範囲では,EBによる大腿圧迫の荷重痛軽減効果について検証した報告は無い.本研究では大腿骨近位部骨折例を対象としてEBによる大腿圧迫の荷重痛軽減効果を明らかにすることを目的とする.【方法】対象は観血的治療の適応となった大腿骨近位部骨折術後例で,術後1ヶ月以上が経過した症例とした.このうち荷重時に大腿部に疼痛を有し,1本杖歩行が監視下にて可能な連続11例(女性11例,平均年齢84.2±6.5歳,術後経過日数42.5±12.2日)を対象とした.認知機能低下によりNumerical Rating Scale(NRS)による疼痛評価が困難な例は対象から除外した.研究デザインにはランダム化クロスオーバーデザインを使用し,弾性包帯装着(EB-on),弾性包帯非装着(EB-off)の2条件で各々2回ずつTimed Up & Go test(TUG)を測定した.TUG測定に当たっては疲労による影響や学習効果を排除するために,乱数表を用いて先にEB-on条件でTUGを測定する群と,先にEB-off条件でTUGを測定する群に割り付けた.EBは10cm幅のものを使用し,装着については先行研究を参考に大腿全体を不快でない範囲で可能な限り強く巻いた.疼痛評価にはNRSを使用した.EB-on条件・EB-off条件間および前半2回・後半2回の試行間でTUG,NRSを比較した.TUGの比較にはデータ分布の正規性を確認した後に対応のあるt検定を,NRSの比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を使用した.またTUG,NRSの比較に当たっては効果量を算出した.さらにTUGについては測定標準誤差を用い,EB-off条件の2回の試行から最小可検変化量を算出し,EB装着によるTUGの変化が測定誤差範囲内の変化か真の変化かを検討した.統計処理にはSPSSを用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮,説明と同意】対象には研究の趣旨を説明し同意を得た.なお得られたデータは匿名化し個人情報管理に留意した.【結果】TUGのEB-on,EB-off条件における平均値はそれぞれ24.2±9.5sec,29.4±11.4secとEB-on条件で有意に短縮した(p<0.05).統計量tから算出した効果量rは0.81と大きな効果量を得た.なお前半・後半2回の試行間の比較では有意差は認めなかった.最小可検変化量は1.8sec,EB-on・EB-off条件間のTUGの差の平均値は5.6±1.4secであり,EB装着によるTUGの時間短縮は測定誤差を上回るものであった.NRSについてはEB-on条件,EB-off条件における中央値はそれぞれ2,7とEB-on条件で有意に疼痛軽減効果が得られた(p<0.05).統計量Zから算出した効果量rも0.85と大きな効果量を得た.【考察】結果よりEBによる大腿圧迫の荷重痛軽減効果が明らかとなった.大腿圧迫による鎮痛作用機序として脊髄分節性抑制系および下行性抑制系の賦活化が考えられる.歩行速度の改善については上述した機序により鎮痛が得られたこと,大腿圧迫により膝関節の固有受容感覚が向上したことが寄与したものと思われる.一方でEBによる大腿圧迫は疼痛に対する対症療法にすぎず,解剖学・運動学的視点から疼痛の原因を考え対処することも必要であろう.本研究の限界として研究デザインの性質上,プラセボ効果を排除できないといった点が挙げられる.また圧迫強度を定量化できていない点も本研究の限界である.今後は圧迫強度を定量化し,圧迫強度と鎮痛の程度との関連を検討し,圧迫による鎮痛効果を再検証する必要がある.【理学療法学研究としての意義】本研究は臨床場面で用いられることの多いEBによる大腿圧迫の疼痛軽減効果を科学的に示した点でその意義は高いと考える.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48100023-48100023, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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