神経障害性疼痛に対するヒラメ筋の適応

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抄録

【はじめに、目的】神経障害性疼痛は外科的手術, 外傷, 帯状疱疹, 糖尿病などで起こる神経損傷により発症し, その症状は軽い痛み刺激に対して著しく感受性が高まる「痛覚過敏」や本来痛みを誘発しない軽度の触刺激でも激しい痛みとして誤認識する「アロディニア」を主症状とする慢性痛である. 神経障害性疼痛に関する研究は, 脊髄後角や後根神経節におけるニューロンやグリア細胞の変化に着目したものは数多くみられるものの, 運動機能への影響について検討した研究は皆無である. とくに坐骨神経損傷後に起こる神経障害性疼痛は, 下肢骨格筋の構造と機能に影響を及ぼすと思われるが, 神経障害性疼痛に対する下肢筋の適応的変化について詳細に検討した報告はない. さらに筋に存在するM1 およびM2 マクロファージは, IL-4 やIL-6 等のサイトカインを産生・放出することで筋の可塑的変化にかかわる重要な因子として注目されている. そこで本研究は, 坐骨神経部分結紮がヒラメ筋に及ぼす影響について筋横断面積、筋線維組成およびマクロファージ・サブタイプの変化から検討した.【方法】C57BL/6JマウスにはSeltzerの方法に従い坐骨神経部分結紮(PSL)を施した. すなわちイソフルラン麻酔下においてマウスの右大殿筋を切開し坐骨神経を露出させ, そして右大腿上部の坐骨神経の1/2 〜1/3 を絹糸できつく結紮した後、筋と皮膚を縫合した. 坐骨神経損傷に伴う痛覚過敏やアロディニアの発症は, マウスの歩行および立位姿勢を変化させることが予測される. そこでマウスの下肢に掛かる重量の左右差をincapacitance meterを用いて測定した.PSLおよびSham術後の任意の時期にヒラメ筋を摘出し, 凍結切片を作製して免疫組織化学染色により筋線維タイプ構成比, 筋線維横断面積, 筋サテライト細胞, M1 とM2 マクロファージなどについて解析した.【倫理的配慮、説明と同意】全ての動物実験は和歌山県立医科大学動物実験規程を遵守し, 動物の個体数や苦痛は最小限にとどめて行なった. 本実験は和歌山県立医科大学動物実験委員会の承認のもとで行なった(承認番号:560).【結果】Naive群およびSham術群におけるマウスの下肢に掛る重量は, 患側と健側にほぼ等しく荷重されていたが, PSLを施したマウスの患側に掛かる重量は, 健側と比較して有意に減少していた(p<0.01). PSLが健側ヒラメ筋に筋肥大を誘導するかについて調べた. 筋線維横断面積(CSA)の分析において, naive群のヒラメ筋CSAはtype I線維が1106.9 μm2, type II線維は868.4 μm2であったが, PSL7 日後にはCSAの増大がtypeI線維およびtype II線維両方に認められ, PSL14 日後では健側のヒラメ筋におけるtype I線維とtype II線維CSAは, naive群と比較して約1.4 倍の増加を示した. しかしながら, naive群およびPSL群のヒラメ筋におけるtype I線維含有比率はともに約35%を示し, 群間における相違はなかった. 肥大筋に細胞増殖が起こっているかどうかについて検討したところ, Ki67細胞はnaive群のヒラメ筋には観察されなかったが, PSL3 日後には102myofiberあたり約2.9 個, 7 日後には約3.6 個のKi67増殖細胞の存在を認めた. Naive群には少数のCD68M1(約2 個/102myofibers)およびCD206M2(約4 個/102myofibers)マクロファージが検出され, PSL後の健側ヒラメ筋のM1 マクロファージはnaive群の約2 倍に増加したのに対して, M2 マクロファージは約4 倍の増加を示した.【考察】PSL後に健側のヒラメ筋に観察された筋線維CSAの増大は, 痛覚過敏やアロディニアに起因する疼痛逃避動作および患側肢の運動神経障害による健側肢への過負荷によりもたらされ, さらにM2 マクロファージはこの活動性筋肥大に重要な役割を演じることが示唆された. このように神経障害性疼痛に伴い健側のヒラメ筋には筋肥大が起こり姿勢を安定させるが, この適応反応は左右不均衡な筋を形成することで不良姿勢を作り出すこととなり, これは腰痛や膝関節痛等の運動器障害を新たに発生させる原因となりうることが示唆される.【理学療法学研究としての意義】神経障害性疼痛(慢性痛)は, 運動機能にも多大な影響を及ぼすと思われるものの, 慢性痛に対する骨格筋の適応反応の特徴とその反応を生み出す機構は全く不明である. 本研究により得られた知見は、慢性痛患者の筋バランスの乱れの是正を考慮したトレーニング・プログラムを考案・実施するための分子基盤を提供でき, 理学療法学研究として意義深いものである.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48100361-48100361, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205572460800
  • NII論文ID
    130004584891
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48100361.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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