不安定環境下におけるバランス練習の方法の違いが運動学習に与える影響

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抄録

【はじめに、目的】理学療法の場面で,歩行等のバランスの練習を行う場合には,理学療法士が徒手的に患者の体を支えるという他動的介助下での練習や,患者自身が杖や歩行器などを用いてバランスをとるという能動的支持での練習が行われている.難易度の高い複雑課題の練習においては,他動的介助下での練習によって課題成功時の運動感覚を体験できると報告されている(Domingo,2009).一方スキースラローム上のバランス練習においては,能動的支持での練習によって学習者自身の判断で運動の自由度を調整することができると報告されている(Wulf,1998).しかし,同一課題において,他動的介助と能動的支持で,どちらの練習方法が運動学習という観点でより効果的な練習方法なのかという点に関する研究は殆ど行われていないのが現状である.そこで,本研究では,不安定環境下におけるバランス練習の方法の違いが,運動学習に与える影響について検証することを目的とした.【方法】対象は,健常成人26 名とし,スラックラインと呼ばれる弾性ベルト上での継ぎ足立位保持課題を,1.1 名の理学療法士による後方からの必要最小限での他動的介助下でバランス保持の練習を行う群(Passive Assistance,以下,PA群),2.被験者自身が杖を用いた能動的支持でバランス保持の練習を行う群(Self Assistance,以下,SA群),3.被験者が杖や他動的介助のない非介助下でバランス保持の練習を行う群(No Assistance,以下,NA群)の3 群に乱数表を用いて無作為に割り付け,1 日14 分間,週に3 回,3 週間の練習を行った.1 回の練習の内訳は,2 分間の練習セッションと1 分間の休憩を1 セットとし,それを5 セット実施した.継足立位保持能力の練習効果は,継足立位保持時間(Tandem Standing Time,以下,TST)を指標とし,練習前テスト(pre test,以下,pre),練習後テスト(post test,以下,post),1 週間後の保持テスト(retention test,以下,ret)の3 セッションで比較した.統計解析方法として,各群の3 セッション間における群内比較はFriedman 検定を実施し,事後検定としてWilcoxonの符号付き順位和検定を実施した.各群の群間比較はKruscal-Wallis検定を実施し,事後検定としてMann-WhitneyのU検定を実施した.【倫理的配慮、説明と同意】この研究への参加の任意性及び個人情報保護について,文書及び口頭で被験者に説明し同意を得た.本研究は,信州大学医学部医倫理委員会(承認番号:1759)の承認を得て実施した.【結果】群内比較の結果,PA群,SA群に3 セッション間の有意差が認められたが,NA群では有意な群内変化は認められなかった.次に事後検定の結果,PA群はpreに対してretにおいて有意なTSTの延長が認められた.群間比較の結果,すべてのセッションにおいて群間での有意差は認められなかった.【考察】本研究の結果,群内比較においてTSTは,他動的介助で練習を実施したPA群で有意に長くなり,その効果は練習終了後の保持テストまで維持されることが示唆された.このことより,今回実施したような不安定環境下における難易度の高いバランス保持能力を獲得するための運動学習の初期段階においては,学習者の身体重心を適正な基底面積上に保持する時間ができるだけ長くなるようにして,成功時の運動感覚体験を強調するような他動的介助下での練習方法が効果的であるということが考えられた.また,運動学習の初期段階は,運動の自由度を制限することが大切であるとされている(Bernstein,1967)ことからも,他動的介助を用いることにより運動の自由度を制限し,動きを単純化したことが継足立位姿勢の保持能力の向上に影響したものと考えられた。しかし,より能動的な運動学習の定着のためには,他動的介助から非介助へと移行する必要があるが,そのような移行を判断するための条件については不明なため,今後学習段階に応じた介助方法を検討していく必要があると考えた.また,スラックラインを用いた臨床研究が少ないため,操作的定義の妥当性,信頼性が不明瞭であるとともに,被験者数が少なかったことから第2 種の過誤の可能性もあるため,今後は,被験者数,トレーニング期間,トレーニング方法等に配慮し,更なる研究を展開していくことが課題であると考えた.【理学療法学研究としての意義】理学療法の臨床応用として,バランスの悪い症例の運動学習の初期段階では,身体重心が基底面積の安定域内に投影されるような運動感覚をできるだけ多く体験してもらうよう工夫していくことが重要であると考える.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48101527-48101527, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680552031872
  • NII論文ID
    130004585741
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48101527.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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