ハムストリングスの選択的疲労が着地動作に及ぼす影響

DOI
  • 西村 里穂
    京都大学医学部人間健康科学科理学療法学専攻
  • 大塚 直輝
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻
  • 斎田 高介
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻
  • 小山 優美子
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻
  • 市橋 則明
    京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻

抄録

【はじめに、目的】 膝前十字靭帯(以下ACL)損傷は試合や練習の終盤で起こることが多い事が報告され、筋疲労とACL損傷の関連性が注目されてきた。特にハムストリングスにおいては、脛骨の前方引き出しを抑制する役割があると報告されており、疲労によりその抑制能が低下する事が確認されている。一方,先行研究では膝関節屈筋全体の疲労でACL損傷リスクが高まる可能性が示されているが、ハムストリングスの疲労が動作に及ぼす影響は明らかにされていない。本研究では電気刺激装置にて選択的にハムストリングスを疲労させることで、ハムストリングスの疲労が片脚着地動作に及ばす影響について明らかにする事を目的とした。【方法】 対象は大学で部活動を行っている健常女性10名(年齢21.5±1.1歳、身長160.5±5.4cm、体重53.6±4.8kg)とし、利き脚を測定対象とした。なお本研究では“ボールを蹴る側の脚”を“利き脚”と定義した。疲労は電気刺激装置により起こし、最初10分は痛みを感じない程度の刺激強度にて、残り20分は対象者が耐えられうる最大強度で実施した。片脚着地動作は、電気刺激前後に高さ30cm の台から利き脚側で着地するものとし,3 回行った。三次元動作解析装置 (VICON社製)、床反力計(KISTLER社製)と表面筋電計(Noraxon社製, TeleMyo2400)を用いて片脚着地動作中の運動学的データ、運動力学的データと筋電図学的データを収集した。筋電図測定は、前脛骨筋、腓腹筋、外側広筋、大腿直筋、内側広筋、大腿二頭筋、半腱・半膜様筋にて行った。疲労の程度を確認するために電気刺激前後に4kg重錘負荷での股関節伸展10°、外転30°、SLR30°を3秒間保持させた時の筋活動を測定し、中心周波数(以下:MDPF)を算出した。MPDFの解析は筋電図生波形に対して高速フーリエ変換を行い、周波数スペクトラムの中央値を求めた。片脚着地動作では、矢状面、前額面における股・膝関節角度と外的関節モーメントを算出した。また、筋電図は50m秒毎の二乗平均平方根を計算することで平滑化し、最大等尺性随意収縮時の筋活動を100%として正規化した。各関節角度、外的関節モーメントの解析には着地時点(以下IC)、床反力最大時点(以下MGRF)及び最大膝屈曲時点(以下MKF)での値を用い、筋電図の解析には着地前100~50m秒、50m秒~IC、IC~MGRF、MGRF~MKFの4区間で平均値を用いた。各パラメータの3回の試行における平均値を算出した。統計解析では疲労前後での運動学的、運動力学的データの比較に対応のあるt検定を用い、筋電図学的データの比較にWilcoxonの符号付順位検定を用いた。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 測定は被験者に研究の目的について十分に説明をし、同意を得た上で行った。【結果】 電気刺激により、MDPFは半腱・半膜様筋のみ有意に低下し(p<0.05),選択的な疲労が確認できた。片脚着地動作では,疲労後ICにて足関節背屈角度(p<0.01)が有意に増大した。MGRFでは股関節屈曲モーメント(p<0.05)股関節外転角度(p<0.05)が増大した。MKFでは股関節屈曲モーメント(p<0.01)股関節屈曲角度(p<0.05)膝関節屈曲角度(p<0.05)足関節背屈モーメント(p<0.05)が有意に増大した。床反力鉛直成分(以下GRF)の最大値には有意な変化は見られなかった。筋電図学的データではIC~MGRFにて前脛骨筋の筋活動(p<0.01)に有意な増加が見られたが、どの時点においても膝周囲筋の筋活動に有意な変化は見られなかった。【考察】 本研究ではIC、MGRF、MKFで股関節屈曲角度・モーメント、足関節背屈角度・モーメントが有意に増加したが、特にACL損傷の危険因子とされている膝関節外反角度・モーメント、GRF、大腿四頭筋の筋活動の有意な増加は見られなかった。筋電図の周波数低下は局所筋疲労の指標であり、半腱・半膜様筋が疲労したと考えられるため、本研究で見られた股関節・足関節の運動学的・運動力学的変化はハムストリングスの疲労を代償するための変化であると考えられた。また、このような代償運動が起こることから,ハムストリングスが疲労することで片脚着地動作においても膝関節の安定性が低下している可能性が考えられた。本研究とは違い、随意的な膝屈曲運動により筋疲労を起こした研究では、片脚着地時にACL損傷リスクとされる筋電図のH/Q比が低下したと報告された。このことから、ハムストリングス以外の筋疲労や中枢性疲労が起こることで、ACL損傷リスクがさらに増加することが予想される。【理学療法研究としての意義】 本研究により、ハムストリングスの疲労によって膝関節の安定性が低下することが示唆された。これはACL損傷の発生機序を解明する一助となると考えられる。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48101916-48101916, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205575619072
  • NII論文ID
    130004586022
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48101916.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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