片眼遮閉が側方注視時の姿勢に及ぼす影響

DOI
  • 吉野 透
    農協共済中伊豆リハビリテーションセンター理学療法科 国際医療福祉大学大学院福祉援助工学分野
  • 山本 澄子
    国際医療福祉大学

抄録

【はじめに】Romberg試験など姿勢制御における視覚の重要性は従来から知られており,臨床では視線の移動から動作を誘導する方法が用いられる.しかし研究報告は少なく,手法は経験的であることが考えられる.特に側方への視線移動と姿勢の関係について,身体運動を詳細に計測した研究は少ない.頭部回旋のみを計測した研究や床反力計を用いて身体全体の変位を計測した研究が中心である.そして,身体全体の変位は,先行研究間で一致した見解は示されていない(Scharli et al. 2012).また,片眼遮閉がそれらの姿勢へ与える影響は調べられていない.本研究では,頭部を極力動かさず,眼球の最大運動範囲で側方への視線移動と注視を行うことで統制を図り,片眼遮閉による姿勢への影響を明らかにすることを目的とした.【方法】対象は健常男性6 名(年齢23 〜34 歳,身長171 ± 2.6cm,体重66 ± 6.6kg)とした.両眼の視力(コンタクトレンズ可)が自動車運転免許証の取得基準値未満の者,眼科的な疾患を持つ者,頚部に神経学的または整形外科的な既往を持つ者は除外した.計測には三次元動作解析装置(VICON)と床反力計(AMTI)を用いた.赤外線反射マーカーは鼻先,胸骨切痕,第2 胸椎棘突起,剣状突起,第10 胸椎棘突起と,両側の耳,肩峰,上前腸骨棘,上後腸骨棘,外果,第5 中足骨頭に貼付し,頭部,胸郭,骨盤のセグメントを定義した.被験者にとって安楽な任意の足幅(肩幅程度)で,前方の一点を注視した静止立位を開始姿勢とし,被験者の目の高さで左右90°,距離1.5mに目標物を設置した.計測者の合図の後,頭部を極力動かさないようにしながら,左または右の目標物へなるべく速く視線移動し,10 秒間静止させた.左右の順序は無作為に開始し,左右交互に3 回ずつ計測した.条件は,右眼遮閉,左眼遮閉,両眼開放の3 条件で,その順序は無作為とした.遮閉は貼る眼帯アイパッチ(大洋製薬)を使用した.データ処理区間は視線移動後の10 秒間とし,頭部・胸郭・骨盤の3 方向の回転データと,頭部・胸郭・骨盤・床反力作用点の前後左右の変位データを算出した.比較は両眼開放での側方注視(以下,Both),遮閉側への側方注視(以下,Close),開眼側への側方注視(以下,Open)で行い,各被験者の右向きと左向きはそれぞれ別データとして扱った.統計は符号順位和検定を用い,有意水準を1%とした.【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言に基づき,被験者には書面にて研究内容の説明を行い,研究参加に同意を得た.尚,国際医療福祉大学倫理審査小委員会より承認を得た(承認番号12-98).【結果】(回転データ,変位データのうち,有意差のあったもののみ記載する.)頭部の回旋はBoth46.0 ± 5.68°,Close51.6 ± 7.04°,Open46.1 ± 4.95°で,CloseはBothに比べ5.7 (0.6 〜14.8)°,Openに比べ5.4(-0.4 〜20.6)°大きかった.頭部の左右変位(回旋側+)はClose16.0 ± 12.70mm,Open22.8 ± 12.06mmで,CloseはOpenに比べ-6.8(0.7 〜15.1)mm変位した.胸郭の左右変位(回旋側+)はBoth-3.6±14.74mm,Close-11.3±11.02mm,Open-1.7±10.66mmで,CloseはBothに比べ-7.7(-21.4〜-1.5)mm,Openに比べ-9.6(-17.9〜-2.1)mm変位した.骨盤の左右変位(回旋側+)はClose-3.6±9.63mm,Open1.5±9.52mmで,CloseはOpenに比べ-5.1(-13.5 〜0.8)mm変位した.床反力作用点の左右変位(回旋側+)はClose-3.4 ± 12.01mm,Open1.9 ± 10.94mmで,CloseはOpenに比べ-5.3(-14.1 〜0.8)mm変位した.【考察】両眼視での側方注視では,注視側の眼と目標物の距離が近く,反対側は遠い.注視点が側方になればなるほどその差は大きくなる.今回の計測は,側方注視を眼球の最大運動で行うよう被験者に努力を求めたことから,片眼遮閉が側方注視時の眼球と目標物の位置関係を際立たせ,身体が開眼側へ変位したと考えた.また,一般的に緊張時と安楽時の姿勢は異なるが,片眼で側方を注視するには通常よりも大きく眼瞼挙上を行う必要があり,それが一側の交感神経の興奮を引き起こし,姿勢に影響を及ぼした可能性がある.ただし,これは頭部,骨盤と比較して胸郭が最も変位したことの理由とならない.また,被験者にとって自然な状態に近い両眼開放の結果がばらつき,単眼視の条件との一定した変化が得られづらかった理由も不明である.これらにはさらなる検討が必要である.【理学療法学研究としての意義】側方注視時の身体の左右変位は,先行研究では一致した見解が得られてこなかったが,本研究の片眼遮閉と眼球の最大運動範囲での側方注視の組み合わせによって,身体,特に胸郭を左右それぞれへ誘導可能であったことは非常に重要である.臨床において行われてきた様々な胸郭や身体の左右変位の誘導方法に,視野制限と眼球運動からの運動療法をプラスできることは,理学療法学研究として意義あるものと考える.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2012 (0), 48102017-48102017, 2013

    公益社団法人 日本理学療法士協会

キーワード

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205576103040
  • NII論文ID
    130004586106
  • DOI
    10.14900/cjpt.2012.0.48102017.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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