周辺視野制限下における階段昇段動作の変化

DOI
  • 榎園 拓真
    神戸大学医学部保健学科
  • 土井 剛彦
    国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 在宅医療・自立支援開発部 神戸大学大学院保健学研究科
  • 堤本 広大
    国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 在宅医療・自立支援開発部 神戸大学大学院保健学研究科
  • 三栖 翔吾
    神戸大学大学院保健学研究科
  • 澤 龍一
    神戸大学大学院保健学研究科
  • 中窪 翔
    神戸大学医学部保健学科
  • 中村 瑠美
    神戸大学医学部保健学科
  • 行山 頌人
    神戸大学医学部保健学科
  • 小野 玲
    神戸大学大学院保健学研究科

抄録

【はじめに、目的】 ヒトの視野は、中心視野と周辺視野とに分けられ、周辺視野は視野全体の中から次に注意するものを探索して、身体を制御する上で重要視されている。高齢者においては視覚情報と転倒が密接に関係していることが報告されており、特に階段昇降動作は、日常生活動作の中でも怪我や事故と関連が高く、平地歩行より難易度の高い動作であると報告されている。平地歩行において周辺視野を制限すると、障害物をまたぐ際のtoe clearanceが増加すると報告されているが、階段昇段動作時における周辺視野制限の与える影響は未だ明らかになっていない。この点が明らかとなれば、白内障・緑内障患者など周辺視野が制限された者の移動動作において把握すべき危険な点が明らかとなる。そこで本研究では、高齢者を対象とする研究の予備実験として、周辺視野の制限モデルを用い健常若年成人者を対象をとして実験を行った。本研究の目的は、周辺視野制限下における階段昇段動作の変化に着目し、階段昇段時における母趾-踏面間 (toe-tread: TT) 距離、および昇段時間について、周辺視野制限条件と通常条件との条件間での比較検討をすることである。【方法】 健常若年成人者20名 (平均21.2 ± 1.6歳、女性10名) を対象とした。6段の階段を1足1段で3回昇段させ、 デジタルビデオカメラを各階段側方に設置し、同期された動画データから1段ごとのTT距離と所要時間を算出した。視野条件は、通常 (normal; N) 条件、下方制限 (lower visual field occlusion; LO) 条件、上方制限 (upper visual field occlusion; UO) 条件、全体の周辺視野制限 (circumferential peripheral visual field occlusion; CPO) 条件の4条件で行った。実験は周辺視野制限条件をランダムで行った後、N条件を施行した。TT距離は、段差昇段時に踏面最前端の鉛直線上を母趾が通過した際の、母趾と踏面の距離として画像ソフト (ImageJ) を用いて算出した。各段の階段昇段時間は、母趾の先端が段差前端上を通過する点から次の段の段差前端上を通過する点までとした。統計解析は、パラメトリックの指標は一元配置分散分析を行い、ノンパラメトリックの指標はKruskal-Wallisの検定を行った。事後比較は各条件の比較をBonferroniの補正によりp < 0.05 / 6 = 0.0083を有意として調整した。その他の統計学的有意水準はすべて5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に則り、被験者に対し、実験の目的、予想される結果及び危険性について十分な説明を行った上で、実験に参加する承諾・同意を得た。【結果】 各条件でのTT距離の平均値 ± 標準偏差は、N条件では3.98 ± 0.62cm、UO条件では4.26 ± 0.69cm、LO条件では4.49 ± 0.73cm、CPO条件では4.70 ± 0.72cmであった。TT距離に対して条件要因は有意な関係性を示し (p < .05)、事後比較によるとN条件はLO条件、UO条件、およびCPO条件との間に有意な差を認め、UO条件とCPO条件との間にも有意な差が見られた (p < .0083) 。各条件での昇段時間の平均値は、N条件では0.50 ± 0.06sec、UO条件では0.53 ± 0.06sec、LO条件では、0.55 ± 0.06sec、CPO条件では0.57 ± 0.07secであった。昇段時間に対しても条件要因が有意な関係性を有し (p < .05)、事後比較によるとN条件はLO条件、CPO条件との間に有意な差を認め、UO条件とCPO条件との間にも有意な差が見られた (p < .0083) 。【考察】 周辺視野制限により通常条件と比べTT距離と昇段時間の増加を認め、周辺視野が階段の昇段動作時における下肢制御に関与していることが示唆された。平地歩行で足部と障害物の距離を増やすのは、転倒防止のための動作戦略であると考えられており、若年者の階段昇段動作でも同様の動作戦略がとられたと考えられた。特に昇段時間においては、N条件またはUO条件と比較してLO条件とCPO条件で増加を認めたことから、下肢運動の制御には上方の周辺視野よりも下方の周辺視野がより重要であることが示唆された。本研究をふまえ、高齢者の階段昇段動作においても周辺視野の影響が若年者と同様に見られるのか、または異なる動作戦略をとるのかを検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 周辺視野制限がある場合、階段昇段動作においてTT距離・昇段時間増加することが、階段昇段動作時の安全な動作戦略である事が示唆され、この戦略を周辺視野制限のある者や高齢者に適応できるようになれば、階段昇段動作時の転倒リスクを軽減するプログラム開発に寄与できるものと考えられる。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2011 (0), Eb0623-Eb0623, 2012

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205571648512
  • NII論文ID
    130004693499
  • DOI
    10.14900/cjpt.2011.0.eb0623.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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