腕の振りを大きくすると高齢者の歩行は安定するのか?

DOI
  • 中窪 翔
    神戸大学医学部保健学科
  • 土井 剛彦
    神戸大学大学院保健学研究科 国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 在宅医療・自立支援開発部 自立支援システム開発室
  • 三栖 翔吾
    神戸大学大学院保健学研究科
  • 堤本 広大
    神戸大学大学院保健学研究科 国立長寿医療研究センター 認知症先進医療開発センター 在宅医療・自立支援開発部 自立支援システム開発室
  • 澤 龍一
    神戸大学大学院保健学研究科
  • 小野 玲
    神戸大学大学院保健学研究科

抄録

【はじめに、目的】 歩行中の腕の振りは、歩行速度及びストライド長、エネルギー効率など、歩行に対して様々な影響を及ぼすことが報告されている。また、加齢による様々な歩行変化の中で特徴的なものの一つとして、腕の振りの減少があげられる。若年者では、腕を強調して振ることが、歩行時の重心側方移動を減少させ、歩行安定化につながると報告されている。歩行時の体幹安定性を保つことは、高齢者において非常に重要で、体幹安定性が低下すると転倒リスクが上昇すると報告されている。若年者と同様に高齢者においても腕の振りの増加により体幹安定性の向上がみられれば、高齢者の歩行を安定化させる方法の一つとして意義のあるものと考えられるが、高齢者において腕の振りの変化が歩行時の体幹安定性にどのような影響を与えるかは、未だ明らかになっていない。そこで、本研究の目的は、高齢者において、歩行中の腕の振りを意図的に変化させた際の体幹安定性の変化を、小型3軸加速度計を用いて検討することとした。【方法】 対象者は、地域在住高齢者の中から、独歩が不可能である者、認知機能低下により意思の疎通に支障があると考えられる者を除き、研究参加に同意を得られた者20名 (平均年齢81.7 ± 5.1歳、男性7名、女性13名) とした。歩行路は、2.5mずつの加速路、減速路を含む20mとし、中間15mにおける歩行を解析の対象とした。歩行計測には、3軸加速度計と3軸角速度計を内蔵した小型ハイブリッドセンサ (Micro Stone社製MVP-RF-8、サンプリング周波数:200Hz) を用い、第3腰椎棘突起部付近、右踵後面にサージカルテープで装着した。歩行条件は3条件で、通常歩行 (Normal条件: N条件) を行った後、腕を意図的に振らないようにした歩行 (No Swing条件: NS条件) 、腕を意図的に大きく振った歩行 (Over Swing条件: OS条件) を行うよう各々口頭で指示し、各条件において歩行中の加速度・角速度データ及び歩行速度を計測した。各条件において、踵部の加速度データよりHeel contactを同定し、波形が定常状態にある10歩行周期を選択し、体幹における前後、垂直、側方方向の加速度データに対して、歩行の滑らかさを表すharmonic ratio (HR) を算出し、体幹安定性の指標とした。HRは高値であるほど動きが円滑で安定した歩行であることを示している。統計解析は、各条件間の比較を行うため反復測定による一元配置分散分析を用い、post hocとしてBonferoniの補正を用いた。統計学的有意水準は5%未満とし、Bonferoniの補正については1.67%未満(5%/3)とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、神戸大学大学院保健学研究倫理委員会の承認を得た後に行われた。事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明して同意を得た者を対象者とし、ヘルシンキ宣言に基づく倫理的配慮を十分に行った。【結果】 歩行速度の平均±標準偏差は、N条件で0.82 ± 0.14 m/sec、NS条件で0.80 ± 0.16 m/sec、OS条件で0.86 ± 0.15 m/secであり、N条件とNS条件間では有意な差はみられなかったが、OS条件ではN条件 (p = .012) 及びNS条件 (p = .007) に比べて有意に速くなっていた。HRは、前後方向及び垂直方向において条件間に有意な差はみられなかった。一方で、側方方向においては、N条件で1.73 ± 0.41、NS条件で1.73 ± 0.32、OS条件で2.00 ± 0.48であり、N条件とNS条件間では有意な差がみられなかったが、OS条件ではN条件 (p = .004) 及びNS条件 (p = .004) に比べて有意に高値を示した。【考察】 本研究は、高齢者が歩行中に腕の振りを大きくすることで、通常歩行と比べ体幹側方安定性を向上させられる事を示した。先行研究では、高齢者で転倒リスクの高い者はそうでない者と比較して有意にHRが低下することが報告されている。そのため、本研究により示された、腕の振りの変化によるHRの変化は、体幹安定性向上のみならず転倒リスクの軽減につながる可能性が考えられる。一方で、通常歩行と腕を振らない歩き方では、体幹安定性に有意な差がみられなかった。これは、高齢者の場合、通常歩行時の腕の振りが小さく、N条件とNS条件間での腕の振りの変化がN条件とOS条件間に比べ相対的に小さかったため、歩行への影響がみられなかった可能性が考えられる。今後更なる検討を加え、腕の振りに対して直接的に介入することで、高齢者の歩行を安定させることができるのかを検討する必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は、高齢者の歩行に対する理学療法介入として、特徴の一つである腕の振りの減少に対して介入することで、歩行時の体幹安定性が向上し、新たな観点からの転倒予防介入法を提示できたのではないかと考える。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2011 (0), Eb1256-Eb1256, 2012

    公益社団法人 日本理学療法士協会

キーワード

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680548640000
  • NII論文ID
    130004693552
  • DOI
    10.14900/cjpt.2011.0.eb1256.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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