左室拡張能は運動強度の増加にどのように適応するか?

DOI
  • 泉 唯史
    姫路獨協大学 医療保健学部 理学療法学科 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野
  • 田中 みどり
    姫路獨協大学 医療保健学部 理学療法学科
  • 菅原 基晃
    姫路獨協大学 医療保健学部 臨床工学科
  • 住ノ江 功夫
    姫路赤十字病院 検査室

抄録

【目的】漸増運動負荷時における健常者の左室拡張能応答と運動強度との比較により拡張能の応答特性を明らかにすることを目的とする.<BR>【方法】若年男性健常者28名(平均年齢19.9±0.7歳)を対象とした.被検者に対し座面とバックレストをフラットに設定した運動負荷装置ストレングスエルゴ240(三菱電機エンジニアリング社製)の上で仰臥位を取らせ,体幹をベルトで固定した.バックレストは,後述する心臓超音波検査により信頼性の高い画像を取得する目的で体幹と肩甲帯を確実に固定するために特別に製作したものを使用した.5分間安静の後,ウォーミングアップとして20Wの運動強度で3分,その後に20W/minのRamp負荷で漸増負荷を行った.左室拡張能評価には超音波検査装置プロサウンドα10(アロカ社製)を用いて,学会認定検査技師の操作によりパルスドップラ法(PDI)によるLV-inflow計測および組織ドップラ法(TDI)による僧帽弁運動速度計測を交互に,漸増運動開始から運動終了時まで10秒ごとに切り替えて行った.運動時の代謝計測には呼気ガス分析装置AE-300S(ミナト医科学社製)を用いてVE, VO2, VCO2などの計測を行った. Ramp負荷における中止基準として心拍数達成(予測最大心拍数の80%)、心電図異常、自覚的運動強度(ボルグスケール)における限界自覚などを設定した.Peasonの相関係数により有意性の検討を行い有意水準を5%と設定した.<BR>【説明と同意】対象者には説明文書により十分に説明した上で同意書により同意を得た。また本研究は独立行政法人日本学術振興会による科学研究費の支給により行われる研究成果の一部である。従って研究計画審査の段階で生命倫理に基づく厳重な人権の保護と法令遵守に則った研究計画であると審査されている。<BR>【結果】運動負荷強度に対する拡張能応答において,PDIにおけるE波,A波,E/A,DcTはいずれも有意な相関を認めた(おのおのr=0.553, 0.705, -0.472, -0.585, いずれもp<0.05).またTDIにおけるEmおよびE/Emはいずれも統計学的には有意相関を示したが,E/Emの運動強度に対する相関係数は-0.080と低値であった(Emはr=0.683).呼気ガスによる代謝計測からV-slope法による無酸素性作業代謝閾値(AT)を全例から求めることができた.ATにおけるVO2の平均値は17.5±2.4ml/kg/minであった.またAT出現時の運動強度が拡張能応答の変化にどのような影響を与えるかを検討するため,PDIおよびTDIから得られた拡張能指標をATが観察された時間軸において補正し,ATが得られる前と得られた後の拡張能応答変化の相違を比較した.その結果,E波の回帰直線の傾きはATを経過した後において3.8倍に増加し,E/A以外の指標は1.5倍から1.7倍に増加した.E/Aは逆に0.4倍に減少し,負の回帰直線の傾きが運動強度とともに減少した.またE/Emは1.2倍とほぼ同等の傾きを示した.<BR>【考察】E波の変化は左房室の圧較差を反映して運動強度の増加に対する急速流入反応を明確に示している.またA波の変化は運動強度とともに急速に増加し,AT以上ではさらに傾きを増した.A波は左室弛緩能,左室コンプライアンスおよび左房圧などの要素が複雑に関与しているが,左房におけるフランクスターリング機序の作用と極めて良好な左室弛緩,すなわち左室拡張期圧の減少が基盤となっていることを示唆している.E/Aは運動強度に対し負の相関を示したが,おそらく心拍数増加による拡張期時間の短縮のため左室充満が拡張早期波よりも左房収縮波に依存するようになったことが示唆される.運動に伴うEmの上昇は,とりわけAT以降において顕著である.左室収縮後の反動によって急速に弛緩し,早期左室拡張期圧は陰圧になることが知られているが,運動強度の増加によるEmの著明な上昇は,左室の積極的な拡張応答を支持している.一方,E/Emの運動強度に対する応答は平坦で,回帰直線の傾きはほぼ0であった.E/Emは左房圧ないし左室拡張期圧を反映するとされ,これらの高値は肺うっ血などの後方障害としての症状を呈する.今回の健常者より得られた結果は,運動強度の増加に伴う循環血液量の増加(容積の増加:?儼の増加)に対して左室拡張期圧の増加(圧の増加:?儕の増加)が低いこと,すなわち左室コンプライアンスの良好な応答であることを強く示唆するものである. <BR>【理学療法学研究としての意義】生命予後や運動耐容能の低下という極めて重大な臨床像を呈する拡張不全型心不全に対する運動療法を展望する時,運動強度に対して心機能がいかように応答するかにおいて十分な知見が必要である.本研究は,心疾患の運動療法に関するこれまでのガイドラインの上に立って,拡張不全型心不全の運動時応答を考察する際のベースラインとなるものである.

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), DbPI1340-DbPI1340, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001205571515392
  • NII論文ID
    130005017432
  • DOI
    10.14900/cjpt.2010.0.dbpi1340.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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