油滴の微細化による脂質酸化の遅延-確率論的考察-

  • 安達 修二
    京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻

書誌事項

タイトル別名
  • Retardation of Lipid Oxidation by Reducing Droplet Size: Stochastic Models

この論文をさがす

抄録

粒子の微細化技術が進展し,食品分野においても,ナノテクノロジーに対する関心が高まっている[1,2].O/Wエマルションや粉末油脂のような分散系食品において,分散相粒子径(油滴径)を微細化すると,油滴の比表面積が増大するため,酸化されやすくなるといわれる.しかし,油滴径が脂質の酸化速度に及ぼす影響は複雑で,相反する結果が報告されている.O/Wエマルションや粉末油脂を調製する最初の段階は乳化である.ホモゲナイザなどを用いて機械的に油滴を微細化する過程で脂質にストレスがかかる.この段階でのストレスが一定で,脂質の状態がまったく同じで油滴径のみが異なる分散系を実現することは実験的に難しい.このような困難を克服して,油滴径のみの影響を評価する1つの手段がコンピュータ・シュミレーションである.<br>O/Wエマルション系について,油滴の表面に吸着した乳化剤の疎水基に着目して,脂質の酸化速度に及ぼす油滴径の影響を説明するモデル[3]と,ある油滴内で発生した酸化脂質は他の油滴内の脂質の酸化に影響を及ぼさないと考えて,脂質の酸化挙動に及ぼす油滴径の影響を評価するモデル[4]を紹介する.また,微小な油滴を食品高分子の乾燥層で被覆した粉末油脂では,粉末の表面に露出した油滴の割合である表面油率が高くなると,脂質は酸化されやすい.そこで,粉末油脂の表面油率に及ぼす油滴径の影響[5]と,油滴と粉末の大きさの比が表面油率に及ぼす影響[6]を評価するモデルを紹介する.<br>O/Wエマルション中の油滴の表面では,親水基と疎水基がそれぞれ水相と油相に配向するように乳化剤が吸着する(Fig. 3).油相に入り込んだ乳化剤の疎水基は酸化されにくい成分であり,油相の基質(脂質)濃度を低下させ,脂質の酸化を抑制する.このような効果(希釈効果と仮称)は,油滴径が100 nm以下になると顕在化する可能性を示唆した[3].<br>脂質の酸化過程は自触媒型の速度式(1)で表現できる.この式から理解できるように,油滴を構成する脂質分子が少なくとも1分子は酸化されないと,その油滴中の脂質はいつまでも酸化されない.換言すれば,油滴内の脂質が1分子でも酸化されると,その油滴内の脂質の酸化は止められない.N個の未酸化の脂質分子を含む油滴をm個の微小な油滴に分割した状況を考え(Fig. 5),ある微小な油滴内で1分子でも酸化脂質が生成すると,その油滴内の脂質は式(2)に従ってすべて酸化されるが,その影響は他の油滴に及ばないと考える.このような効果(隔離効果と仮称)を確率論的に取り扱い,コンピュータ・シュミレーションによって解析したところ,油滴を分割して微小な油滴の数が増える,すなわち油滴を微細化するほど,酸化誘導期は延長され,脂質の酸化が遅延された[4].<br>前述した乳化剤の疎水基による希釈効果と油滴の微細化による隔離効果が相乗的に作用し,油滴を小さくするほど酸化は遅延されると予測される.これらの効果は,油滴径がμmのオーダーではほとんど認められず,100 nmまたはそれ以下で顕在化すると概算された.粉末油脂の表面に露出した油脂は酸化されやすく,表面油率は粉末油脂の酸化に対する安定性を評価する指標になると考えられる.そこで,浸透理論[21]に基づいて,粉末中の油脂の体積分率や油滴径が表面油率に及ぼす影響をコンピュータ・シュミレーションにより考察した.粉末油脂を正方形または立方体と近似し,それらの一辺をN分割した.乱数を発生させることにより,粉末中の油脂の体積分率に適合するように,油脂が存在する格子を決定した.油脂が存在する表面の格子と,二次元モデルでは辺で,三次元モデルでは面で接する格子中の油脂は表面と連結しているとみなして表面油率を推算したところ(Fig. 10),油滴を微細化すると表面油率が低下して,脂質の酸化に対する安定性が向上することが示唆された[5].<br>上記では,油滴と粉末の大きさはともに一定として解析したが,実際には油滴と粉末のいずれも大きさに分布がある.したがって,油滴と粉末の大きさの比にも分布がある.そこで,油滴と粉末の大きさの比が対数正規分布で表されると考えて,二次元モデルにより,油滴と粉末の大きさの比の期待値Eと分散Vおよび油脂の体積分率が表面油率に及ぼす影響を評価したところ,油滴と粉末の大きさの比の期待値(平均値)は表面油率に影響するが,分散はほとんど影響しないことが示された[6].<br>このように,O/Wエマルション系と粉末油脂系のいずれにおいても油滴を微細化すると,脂質の酸化が抑制される可能性が示唆された.<br>なお本稿は,Foods & Food Ingredients Journal of Japan(FFIジャーナル)219巻4号324~331頁(2014年)に掲載された原稿を,許可を得て,英訳したものである.

収録刊行物

被引用文献 (3)*注記

もっと見る

参考文献 (20)*注記

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ