害虫制御に関わる香り物質

  • 大平 辰朗
    独立行政法人 森林総合研究所樹木抽出成分研究室

書誌事項

タイトル別名
  • Fragrance componensts related to pest insect control

抄録

我々の生活環境には,様々な害虫が存在する.それらは住環境や農作物,人の衛生面や食物等の品質の劣化を招き,大きな問題となる.対策としては優れた防除作用を有する合成された化学物質が数多く開発されているが,残留性,安全性等の問題がある.そこで近年,昆虫のフェロモンやかおり物質を活用した環境に優しい防御技術が注目されている.人は主として言葉や文字や仕草を通じてコミュニケーションを図っており,互いの感情や意志や情報などを伝えあっているが,昆虫におけるコミュニケーション手段の一種が様々な化学物質であることが最近の研究で明らかにされ,それらを活用する新しい昆虫制御法が提案されてきている.一方で植物は, 一旦大地に根を張ると身動きがとれない.そのため周辺の微生物,昆虫等による攻撃に対応するための方法として,防除効果や安全性の高い化学物質に焦点をあて,各分野の専門家の方々に最近の研究トピックスを中心に概説していただいた.<BR>最初に, 柴尾晴信氏より農業害虫の一種であるアブラムシの各種フェロモン(同種他個体に作用して行動反応や生理変化を引き起こす)とアレロケミカル(異種他個体に作用して行動反応や生理変化を引き起こす) を巧みに利用したコミュニケーション術の紹介である.高度な社会性生活を営むアブラムシのアッと驚く生態は実に巧妙で,驚きの連続である.<BR>次に,住環境等で大きな被害をもたらすシロアリに関する話題である.シロアリはアブラムシ同様に化学物質による高度なコミュニケーションが営まれており,ここでは松浦健二氏より,特に卵の認識フェロモンや,世界初となった女王フェロモンの特定に関する最新情報を紹介いただいた.卵をワーカーと呼ばれる働きアリが毎日大切に世話をしており,結果として大量のシロアリが育っていくわけですが, その卵を認識するフェロモンが発見されています.これらの知見は殺虫活性物質を含有させた擬似卵を巣の生殖中枢に運搬させ,駆除する技術として活用が期待されている.また産卵機能を有する女王シロアリは,他の個体が分化して二次女王になるのを阻害する何らかの物質(フェロモン)を生成していることが指摘されていた.しかしながら超微量であったため,その正体が明らかにされていなかった.今回,著者らにより特定された物質の紹介やそれらを利用した女王分化抑制技術の展望も述べられており,実に興味深い内容です.<BR>さらに,大村和香子氏よりシロアリの摂食阻害,忌避,摂食促進,道しるべ行動を促す天然物に関する紹介もされている.ここではシロアリの化学物質感知に関わる感覚機能として食性,味・においの受容についての知見や摂食阻害・促進物質の知見が紹介されており,これらを利用したシロアリ防御策の開発に大変参考になると思う.<BR>最後に,筆者(大平)よりゴキブリ,カ,ハエ,ダニ等の衛生害虫や貯蔵害虫,カメムシ,スギカミキリ等の農林業界虫に効果のある香り物質について紹介した.衛生害虫は存在自体が不快に感じるばかりか,伝染病の媒体,アレルギーの要因等として我々の健康面にとって大きな障害になっている.また,貯蔵害虫や農林業害虫は,大量発生するとそれぞれの産業で甚大な被害をもたらす.防除対策用として数多く開発されている合成化学物質は,残留性,安全性等の問題があり,防御機能の高い香り物質が注目されている.ここでは害虫防御機能のある香り物質を中心に多くの研究例を紹介した.植物には様々な働きがあり,ここで紹介した内容は,そのほんの一部にすぎない.<BR>本特集を機に,多くの読者が「害虫制御に関わる香り物質」について認識を深められ,害虫対策や利用技術の開発等の参考になれば幸いです.<BR>最後に,ご多忙中にもかかわらず,執筆をご快諾いただいた方々に,本紙面を借りて厚く御礼申し上げます.

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