右中大脳動脈および前大脳動脈領域の脳梗塞片麻痺者における脳損傷部位と運動錯覚

DOI
  • 稲田 亨
    旭川リハビリテーション病院 リハビリテーション部
  • 金子 文成
    札幌医科大学 保健医療学部 理学療法学第二講座
  • 松田 直樹
    旭川リハビリテーション病院 リハビリテーション部
  • 柴田 恵理子
    札幌医科大学 保健医療学部 理学療法学第二講座
  • 小山 聡
    旭川リハビリテーション病院 内科

抄録

【はじめに,目的】運動錯覚とは,実際は動いていないにも関わらず体性感覚入力や視覚入力によってあたかも運動をしているというような自覚的感覚が脳内で生じることである。この錯覚が生じている間に皮質運動関連領域の賦活化(Naito E et al,1999;Romaiguère P et al, 2003)や皮質脊髄路の興奮性増大(Kaneko F et al, 2007;Aoyama T et al, 2010)がこれまで明らかになっている。我々はKaneko Fらの研究(2007)を基に,皮質下に病巣を有する脳卒中片麻痺者に対して視覚誘導性自己運動錯覚(Kinesthetic illusion induced by visual stimulation;KiNVIS)介入を実施し,随意運動範囲が拡大するなどの即時的効果を過去の本学会で報告した(稲田ら,2013;松田ら,2014)。今回,我々は右中大脳動脈(MCA)および前大脳動脈(ACA)領域の広範囲に梗塞巣を有しているにも関わらず,KiNVIS介入で提示した動画に対して強い運動錯覚および身体所有感が生じた症例を経験したので報告する。【方法】[症例]40歳代男性[診断名]右心原性脳塞栓症,左片麻痺[現病歴]平成X年Y月Z日:仕事中に発症し,救急病院に搬送。Z+42日:当院入院。[脳画像所見]右前頭葉内側面,脳梁膝部,補足運動野,一次運動野,体性感覚野,島皮質後部,横側頭回,縁上回に梗塞巣を認めた。[KiNVIS介入時評価;Z+119日]上肢運動機能:SIAS;手指1A点,上肢1点。上肢感覚機能(麻痺側/非麻痺側):触覚;上腕3/10,前腕3/10,手部0/10。運動覚;肘関節,手関節,手指とも知覚不能。MMSE:29点。BLS:1点。左半側身体,空間に注意低下を認めた。[KiNVIS介入]介入肢位は机上に麻痺側前腕を置いた椅子座位とした。運動錯覚を誘起させるために,事前に非麻痺側手指屈伸運動を撮影した。そして,撮影した動画を左右反転し,症例の麻痺側前腕の位置と動画内の前腕が重なるようにモニタを配置して症例に観察させた。介入は3分間の休憩をはさみ,10分間ずつ計20分間実施した。[測定]KiNVIS介入後に提示した動画に対する手指の運動錯覚(自分の手指が実際に動いているように感じたか)をVAS(0:全く感じない~100:実際に動いている感じがする)で評価した。同様に,身体所有感(自分の手がモニタの中にあるように思えたか)をVAS(0:全く思えない~100:完全に思える)で評価した。加えて,内観を聴取した。また,歪みゲージを用いた自作の手指屈曲筋力測定装置を使用し,KiNVIS介入前後の手指最大屈曲筋力を測定した。【結果】運動錯覚は屈曲方向78mm,伸展方向は77mmだった。身体所有感は81mmだった。動画観察中の内観について,『指を曲げたり,伸ばしたりする感じが強くした。』『前腕がムズムズした。』『示指を動かせそうな気がした。』と報告した。手指最大屈曲筋力はKiNVIS介入前2.9N,介入後5.8Nだった。【考察】過去の報告と同様,本症例においてもKiNVIS介入によって運動錯覚が誘起され,介入後に随意運動機能を表す指標として計測した手指屈曲筋力が即時的に改善した。本症例は,これまで介入した症例とは異なり,皮質領域を含む右MCA,ACA領域の脳部位が損傷されていた。それにも関わらず,提示した動画に対して強い運動錯覚と身体所有感を誘起することができた。また,内観報告から運動意図も確認することができた。Kaneko Fら(2012)は,KiNVIS誘起によって,対側運動前野(腹側,背側),補足運動野,下頭頂小葉,同側後頭側頭腹内側領域,両側島皮質前部,線条体などの賦活をfMRIで確認している。また,運動意図に関して,下頭頂小葉が運動意図の生成に関与していることが明らかにされている(Desmurget M et al, 2009)。これらの報告より,本症例において運動錯覚や身体所有感,そして運動意図を誘起できたのは,それらに関連する前頭―頭頂領域がある程度損傷を免れていたためと考える。運動錯覚や身体所有感には,体性感覚と視覚とのマッチングが重要であり,KiNVISの誘起においても体性感覚と視覚とのマッチングあるいはミスマッチのない状況が重要であると推測している。この点から考察すると,本症例では体性感覚機能が著しく低下していたために視覚とのミスマッチが生じにくく,それにより強いKiNVISを知覚することができたのではないかと推察する。【理学療法学研究としての意義】KiNVIS介入における運動錯覚や身体所有感,そして運動意図の誘起に関して,健常人を対象とした先行研究で報告されている脳部位が脳卒中患者においても関与している可能性が示唆された。本報告は,今後,脳卒中片麻痺者に対するKiNVIS介入の適用患者を考える上で,貴重な知見になるものと考える。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680553172864
  • NII論文ID
    130005248267
  • DOI
    10.14900/cjpt.2014.0576
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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