大隅半島神ノ川流域における滝の形成・後退の地形プロセス

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Formation and recession processes of waterfalls in the drainage basin of Kaminokawa river in Osumi Peninsula, southern Kyushu, Japan

抄録

本研究では,約11万年前に形成された阿多多火砕流台地を開析する神ノ川水系に複数みられる遷急点,すなわち「滝」に着目し,その後退過程を復元することによって,大規模火砕流台地の解体過程に係る一知見を得ることとした.<br> 神ノ川流域において阿多火砕流は,その噴出中心である錦江湾から遠ざかるほど,層厚を減じつつも堆積面高度を増す.その結果,神ノ川は錦江湾に向かって西流する.阿多火砕流堆積物の中部は,厚さ10~30 mの強溶結凝灰岩の様相を呈す.そのため,火砕流台地面を刻む神ノ川やその支流による火砕流堆積物の下刻は,河床位置が溶結部に達すると容易ではなくなる.結果的に,河川が平衡状態に至るまでの長期間にわたり,遷急点(区間)としての滝が存在し,また,平衡化のために滝は後退していく.神ノ川流域のとくに下流部(現河口から4km以内)には,このようにして成立したと考えられる滝が少なくとも6つ存在し,それらは形態,高さなどの地形的特徴に共通点がみられる.神ノ川流域の大部分は阿多火砕流堆積物分布域であることから,河床礫は少ない.したがって,各滝の上流区間の河床には基盤岩としての阿多火砕流堆積物の溶結凝灰岩が露出し,滝は平行後退を継続してきたと考えられる.  <br> 房総半島での調査から構築された,滝の後退速度についての経験式(Hayakawa and Matsukura 2003;Hayakawa 2005)は,日本国内のみならず,諸外国においてもその汎用性が認められている.そこで神ノ川における6つの滝について,この経験式を用いて後退速度を算出した.これらの算出値に対しては、次にように評価できる.もとは1つだった滝が支流との分岐点まで後退すると2つの滝に分かれ,それ以降はそれぞれが本流および支流で後退し続ける,とすれば,現時点で分岐点の上流側に存在する2つの滝は,同じ時間を経て分岐点から現在位置まで後退したことになる.このとき,2つの滝についての分岐点から現在位置までの距離の比は,両者の後退速度の比をもあらわす.そこで,分岐点から現在位置までの距離の比に対する,経験式から求められた後退速度の比を,検討可能な4つの組み合わせについて評価すると,許容される3倍以内の後退速度が算出されていることが分かった.したがって,経験式に基づく後退速度は確からしい値であると判断される.  <br> このことは,神ノ川の滝の起源の推定を可能とする.6つの滝のうち,神ノ川本流に懸かる大滝は,元来単一であったはずの初生的な滝に直接由来すると位置づけられ,現在の河口から3.6 kmの位置にあり,その後退速度は6-8 cm/yと推定された.神ノ川水系の成立が阿多火砕流堆積後であることは確実であり,かつ,初生的な滝は,火砕流堆積面におよぶ流水が火砕流堆積物のうち上部の非溶結部をすみやかに下刻することによって,火砕流堆積後まもなく形成されたと考えられる.また,阿多火砕流噴出時の海水準は−20 m程度であった.これに,本地域における最近約10万年間の隆起量(12~13 m)を加味すると,大まかには、現在の錦江湾における水深10 m付近の位置が火砕流噴出当時の海岸線だったことになる.一方,阿多火砕流堆積物は錦江湾に面する海食崖においては80 m程度の層厚を有しており,その噴出時に錦江湾底の阿多(北部)カルデラに向かって同じ層厚で堆積したと仮定すると,当時の水深80 m以浅の水域は火砕流堆積物に埋積されたことになる.つまり,現在の錦江湾における水深90 m付近が,火砕流噴出直後に「新しい」海岸線となったと考えられる.この付近は,推定されているカルデラ位置の南東縁におおむね一致する.神ノ川水系は,そうした火砕流堆積面がすみやかに下刻されることで発達し,阿多火砕流堆積後から顕著な時間間隙を経ずに約10万年前から現在にかけて,6−8 cm/y程度の速度で滝を後退させてきたと考えられる.したがって,初生的な滝は,現在の河口からさらに2.5−4.5km程度西方(西北西)に発生したと推定される.この位置は,現在の錦江湾における水深90 m付近,すなわち阿多(北部)カルデラ縁の位置に近い.阿多火砕流堆積後,最終氷期極相期までは,海水準は基本的に低下の一途をたどったことから,火砕流堆積後に形成された滝は5−6万年前には現在の河口位置に達し,その後は現在の神ノ川の流路を辿って,各支流に滝を分派させつつ,現在の位置にまで到達した. <br>〔文献〕Hayakawa, Y. and Matsukuram Y. (2003) ESPL, 28, 675-684.; Hayakawa. Y.S. (2005) Geographical Review of Japan, 78, 265-275.

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680672141696
  • NII論文ID
    130007017895
  • DOI
    10.14866/ajg.2016s.0_100203
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ