経腸栄養における食物繊維の役割について

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抄録

重症心身障害児者の栄養は、標準的な経腸栄養療法の確立が難しく、総投与エネルギーと各栄養素の摂取量とバランスをどのように設定すべきなのかという点について、常に施行錯誤が必要であると考えられます。  重症心身障害児者に経腸栄養を行う場合、患児の年齢・性別、日常生活動作によって総投与エネルギー、タンパク質投与量、3大栄養素(糖質、タンパク質、脂質)のバランスが異なってきます。既存の経腸栄養剤を単独で投与すると多くの患者さんでは設定したいと思う3大栄養素のバランスと経腸栄養剤の組成が合致しないことが多いため複数の栄養剤を組み合わせて調整する必要があります。さらに、3大栄養素のバランスを整えても、タンパク質の内容(たとえばカゼイン、ホエイ、大豆タンパク、ペプチド、アミノ酸)、脂質の内容(ω3系脂肪酸、ω9系脂肪酸、中鎖脂肪酸含有の有無)については調整が困難な場合もあります。また、総投与エネルギーが通常よりも著しく低い場合には、タンパク質、ビタミン、微量元素については摂取基準を満たすことがしばしば困難となります。  今回の話題である食物繊維も十分に投与することが困難な栄養素の1つと考えられます。近年、5大栄養素に加えて食物繊維が重要な栄養素として注目されており、多くの食品系経腸栄養剤では、種類は異なるものの食物繊維が添加されています。また、食物繊維単独の製品も販売されています。食物繊維とは多糖類であり生理学的特性からは難消化性炭水化物に分類されます。また、食物繊維は水溶性と不溶性に分類することができ、前者は水に溶けて粘度を高くする性質があり、後者は水に溶けず水分を含有し体積を増加させる性質があります。  臨床上では、水溶性食物繊維は腸管内容物の粘度を高くして胃腸における滞留時間を延長することにより下痢、胃食道逆流症、ダンピング症候群の改善効果が報告されており、不溶性食物繊維は便容量の増加により腸管壁の刺激による蠕動運動を亢進させることによる便秘の改善効果が期待されています。最近の研究から、水溶性食物繊維には上記の効果以外にもさまざまな作用が明らかになってきています。水溶性食物繊維は腸内細菌の発酵分解によって短鎖脂肪酸を生じることでエネルギーを産生することが知られています。発酵分解率が高いグアーガム分解物(PHGG)、ペクチンなどでは2 kcal/g、中程度の難消化性デキストリンなどでは1 kcal/g、不溶性食物繊維では、発酵分解率が低いためセルロース、寒天、アルギン酸などではほぼ 0 kcal/gとなります。  発酵により生じた短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、酢酸)は、結腸粘膜上皮細胞のエネルギー源となり、その増殖促進作用が明らかとなっているほか、結腸に生じた炎症の抑制作用なども報告されています。小腸粘膜についても粘膜上皮細胞の増殖促進作用が確認されています。これらの粘膜増殖促進作用は、腸内細菌が血流に入り込むbacterial translocationを予防するものと期待されています。また、短鎖脂肪酸はグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)を介してインスリンの分泌を促し糖代謝に良い影響を与えることもわかってきています。  このように、これまで考えられてきた以上にさまざまな効果が確認・期待されている水溶性食物繊維ではありますが、重症心身障害児者の経腸栄養においては、総投与エネルギーの制限、便性変化への懸念から十分な食物繊維が投与できない場合が多いのではないかと思われます。当園においても便性改善、胃食道逆流症防止目的に食物繊維を使用していますが、経腸栄養症例32例における食物繊維の平均投与量は8.52±6.79g/dayにとどまっており成人目標量の18~20g/dayを大きく下回っておりました。しかしながら、上記のような効果を考えると腸管粘膜の状態を保全し、糖代謝異常への対処という観点からも今後積極的に投与したい栄養素ではないかと考えられます。 略歴 天江新太郎(あまえ しんたろう) 1966年9月28日生(50歳) 出生地:宮城県仙台市青葉区八幡町 学歴・勤務歴 1992年 東北大学医学部卒業 1992年 八戸市立市民病院外科研修 1999年 東北大学大学院医学系研究科卒業 1999年 東北大学小児外科に勤務 医員 2001年 いわき市立総合磐城共立病院小児外科に勤務 医長 2003年 東北大学病院小児外科に勤務、最終役職:准教授・副科長 2008年 宮城県立こども病院外科に勤務、最終役職:科長、栄養管理部門長、NSTチェアマン 2015年 陽光福祉会エコー療育園に勤務、現在は副園長、NST委員長 資格 医学博士、外科専門医、小児外科専門医・指導医、日本静脈経腸栄養学会認定医

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