糖尿病に起因する皮質脊髄路障害とそのリハビリテーション

DOI
  • 村松 憲
    杏林大学 保健学部 理学療法学科

抄録

<p> 糖尿病と中枢神経系の関わりという話題において,真っ先に思い浮かぶのは糖尿病による血管障害とそれに関連して生じる脳卒中のリスク上昇であろう。しかし,ここ20年の研究によって糖尿病に起因する中枢神経障害は血管障害を介した間接的な要因によって生じるだけではなく,インスリン抵抗性などのインスリンシグナル異常が白質萎縮を伴う認知機能障害や脳損傷後の可塑性低下などを引き起こすことが明らかになってきた。</p><p> 一方,糖尿病の三大合併症にも数えられる糖尿病性神経障害(DN)は高血糖によって誘発される軸索の長さ依存的な神経障害であり,糖尿病が原因となって生じる神経障害の代表格と言える。当然,高血糖も中枢神経系に対して何らかの悪影響を及ぼすと想定されるが,脳血関門によって保護された中枢神経系は高血糖の影響が少なく,DNによる影響をほとんど受けないという考えが支配的であった(Ramji et al. 2007)。しかし,近年,我々は糖尿病モデル動物の運動ニューロンについて詳細な解析を行い,脳血管関門によって保護された脊髄に位置する運動ニューロンにも軸索の長さ依存的な神経障害が生じることを明らかにし,中枢神経系もまたDNの標的となることがわかった(Muramatsu et al., 2012, 2017, Tamaki et al. 2018)。その後,脊髄よりも上位の中枢神経についても解析を進め,中枢神経内で最も長い軸索を持つためにDNの標的になりやすいと考えられる皮質脊髄路細胞やその起始となる大脳皮質一次運動野への影響について検討を行った。その結果,糖尿病発症後間もない時期から一次運動野の後肢,体幹領域を中心に運動野の萎縮が生じ,20週間後には両運動野は対照群の半分以下まで面積を減らすことと,それに前後して後肢,体幹領域から腰仙髄に投射する皮質脊髄路細胞の軸索に軸索損傷が生じていることを発見した(Muramatsu et al. 2018)。</p><p> 一連の研究結果はDNの影響が中枢神経にも及ぶという新しい概念を提唱するだけでなく,糖尿病発症によって随意運動のモーターコマンドを大脳から脊髄に出力する連絡システムに不具合が生じる可能性を示すものであり,運動障害を扱う理学療法士にとっては重要な知見である。糖尿病患者にはバランス障害や下半身の筋力低下などの運動障害が生じることが知られていたが,その原因は末梢神経や筋実質のみに求められてきた。しかし,DNによる中枢神経障害の発見は,これらの運動障害の原因を末梢組織だけに求めることが適切であるのかという疑問を生じさせ,中枢神経系の機能改善を狙った運動療法の必要性への関心を呼び起こすものである。そこで,現在,我々は糖尿病による運動野の萎縮を改善する運動療法を探る目的で糖尿病患者に推奨される有酸素運動と脳卒中患者などに行われるスキルトレーニングを主体とした運動療法の効果を比較する実験を開始していて,興味深いデータを得つつある。本シンポジウムでは糖尿病によって生じる中枢神経系の障害に関する最新の知見を演者らの研究を交えながら紹介し,糖尿病による中枢神経障害の改善を促す運動療法の可能性について考えたい。</p>

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 47S1 (0), F-10-F-10, 2020

    公益社団法人 日本理学療法士協会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390850490585332224
  • NII論文ID
    130008011252
  • DOI
    10.14900/cjpt.47s1.f-10
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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