低温アモルファス氷表面における水素原子の拡散 : 宇宙における分子進化の鍵(最近の研究から)

書誌事項

タイトル別名
  • Study on Surface Diffusion of Hydrogen Atom on Amorphous Solid Water at Low Temperatures : A Key for Chemical Evolution in Space(Research)
  • 低温アモルファス氷表面における水素原子の拡散 : 宇宙における分子進化の鍵
  • テイオン アモルファス コオリヒョウメン ニ オケル スイソ ゲンシ ノ カクサン : ウチュウ ニ オケル ブンシ シンカ ノ カギ

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抄録

近年の天文観測により,恒星や惑星が誕生する以前の星間分子雲には水分子や有機分子を含む140種を超える分子の存在が確認されている(星間分子に関するデータベースとして,http://www.astro.uni-koeln.de/cdms/moleculesがある).これらの分子は,単純な構造を持つ水素分子(H_2)や一酸化炭素分子などから化学反応を経て進化したものである.恒星が存在しない分子雲中心部は,大量の星間塵により外部からの可視光や紫外光が遮蔽されるため10K程度の極低温に保たれる.そのため,活性化エネルギーを必要とする化学反応は起こりにくく,分子雲は分子生成の場としてはきわめて不利な環境にある.それにもかかわらず,多くの分子種が存在するのは,外部エネルギーを必要としない効率的な分子生成メカニズムが存在するからである.ひとつは活性化エネルギーを必要としない気相でのイオン分子反応であり,これまでの多くの研究でその有効性が確認されてきた.その一方で,気相反応ではその存在量が説明できない分子が存在する.その代表例がH_2や水分子といった恒星や氷惑星・彗星の形成に必須である分子に加え,ホルムアルデヒドやメタノールなどの有機分子である.これらの分子の生成には低温の星間塵表面に物理吸着した原子・分子への水素(H)原子の付加反応が決定的な役割を果たしていると考えられており,低温表面における物理吸着系の化学反応という基礎化学的な興味とも相まって,さまざまな分野の研究者が精力的に研究を進めている.希薄な分子雲の星間塵上で化学反応が起こるためには,H原子が星間塵表面を拡散し,反応相手と出会うことが必要となる.ところが,反応の前過程であるH原子の表面拡散やH_2分子生成に関する実験研究は困難であり,拡散のメカニズム(熱拡散・トンネル拡散)や活性化エネルギーについては依然として不明な点が多い.著者らは最近,レーザー刺激脱離法と共鳴多光子イオン化法を用いて,疑似星間塵表面物質である8Kのアモルファス氷表面上に照射・吸着させたH原子,重水素(D)原子数をモニターする手法を開発した.表面上のH(D)原子は,拡散を経て再結合しH_2(D_2)を生成するため,表面原子数の時間変化は拡散の情報を含んでいる.本手法により,表面拡散のメカニズムを明らかにすると同時に拡散の活性化エネルギーを見積もることに成功した.表面拡散は同位体効果が大きくあらわれる量子トンネル効果によるものでなく,熱的拡散であることが示唆され,その活性化エネルギーはH,D原子に対して,それぞれ22,23meVという値が得られた.また,照射した原子の一部は照射中に速やかに拡散・分子化していること,逆に,吸着後90分以上にわたり表面に残存している原子が存在することも同時にわかった.これらは,アモルファス氷表面には,吸着原子が非常に速く拡散し別の原子との再結合に至る浅い吸着ポテンシャルサイトから,8Kでは拡散できない深いポテンシャルサイトまでさまざまなポテンシャルサイトが分布していることを意味する.本研究により,星間塵表面における水素原子の振る舞いが明らかになりつつある.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 70 (8), 608-613, 2015-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

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