環境汚染物質の変異原性評価に関する基礎的研究 Studies on the evaluation of mutagenicity of environmental polutants

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著者

    • 遠藤, 治 エンドウ, オサム

書誌事項

タイトル

環境汚染物質の変異原性評価に関する基礎的研究

タイトル別名

Studies on the evaluation of mutagenicity of environmental polutants

著者名

遠藤, 治

著者別名

エンドウ, オサム

学位授与大学

麻布大学

取得学位

獣医学博士

学位授与番号

甲第49号

学位授与年月日

1987-03-20

注記・抄録

博士論文

 本研究の目的 近年,大気汚染物質,医薬品,農薬および食品添加物などが,動物体や人体と接触する機会が多くなり,これに伴い動物やヒトの遺伝子損傷を含む慢性毒性を明らかにする必要が生じてきた。とくに,多くの化学的発癌物質の代謝物に突然変異誘発性と発癌性との間に強い相関性のあることが知られるようになり,環境中に存在する化学物質の動物やヒトに与える危険性の認識のもとに,環境中の変異原性物質が追究されてきた。しかしながら,今日,環境汚染物質の変異原性に関する研究は数多くの環境汚染物質中のごく一部に過ぎず,その理由として,環境汚染物質の変異原性の評価において,以下のような基本的な問題点が解決されていないことによる。すなわち, (1) 共存物質との相互作用:変異原性環境汚染物質は他の環境中汚染物質により,どのような影響を受けているか。 (2) 環境空気中のガスあるいは蒸気状物質の変異原性評価法。 (3) 変異原性物質検出のための高感度試験法の確立。 (4) その他などである。 そこで,本研究では,上記問題を解決するため,環境汚染物質の変異原性評価に関する必要かつ基礎的研究として, 1. 芳香族ニトロ化合物の変異原性に及ぼす環境中共存物質の影響 2. ガス状汚染物質の変異原性試験方法の開発 3. 変異原性試験方法の高感度化に関する研究を行った。1. 芳香族ニトロ化合物の変異原性におよぼす環境中共存物質の影響 芳香族ニトロ化合物は医薬品,染料,爆薬等の製造に使用されており,また,化石燃料等の不完全燃焼によって発生するばかりでなく,多環芳香族炭化水素(PAH)と二酸化窒素との大気反応によっても生成するため,その環境分布は極めて広い。一方,環境中には,芳香族ユトロ化合物のほかにおびただしい種類の汚染物質が存在している。これらの共存汚染物質中には芳香族ニトロ化合物と同様に変異原性を示すもの,あるいはそれ目体では変異原性物質ではないものの芳香族ニトロ化合物の変異原性に影響をおよぼす物質の存在が考えられる。したがって,環境汚染物質のうち,変異原性物質として最も重要な芳香族ニトロ化合物を取り上げ,その変異原性におよぼす共存物質の影響を調べることは,芳香族ニトロ化合物および他の変異原性環境汚染物質の変異原性をさらに詳細かつ正確に評価する上で極めて意義深いと考える。 本研究では1, 6-Dinitropyrene(DNP)や,1, 3, 6, 8-Tetranitrocarbazoleなどの芳香族二トロ化合物を対象に,これらの変異原性に対する共存汚染物質(PAH,ディーゼル排出タール)の影響をSalmonella typhimurium TA98を用いて調べた。その結果, (1) 強力な癌(変異)原性物質であるDNPのdirect-acting mutagen活性は各種PAHの共存により低下した。各種PAHのうち変異原性抑制作用はBenzo(e)pyrene において最も強く認められ,次いでBenzo(a)pyrene(5環PAH),Benz(a)anthracene,Chrysene,Pyrene,Fluoranthene(4環PAH),Anthracene,Phenanthrene,Acenaphthene(3環PAH)の順に弱くなった。一方,DNPのpromutagen活性は各種PAHの共存により増強された。この各種PAHにおける変異原性増強作用の強さはdirect-acting mutagen活性抑制作用の順序と同様であった。 このように縮合環数の多いPAHほどDNPの変異原性に大きな影響をおよぼした。DNPは電子受容体であり,PAHは一般に電子供与体で,縮合環数の多いPAHほど電子供与性が強く電子受容体と電荷移動錯体を形成し易いことなどから,電荷移動錯体の形成が変異原性に影響をおよぼすものと推察された。 (2) 1-Nitropyrene及びDNPの変異原性におよぼすディーゼル排出タール状物質(含PAH)の影響について検討した。その結果,ディーゼル排出タール状物質も,1-Nitropyrene及びDNPのdirect-acting mutagen活性を抑制し,また,promutagen活性を増加させることが確認された。さらに,これら共存物質の影響は各種PAHが含まれる中性画分で強く,酸性画分がこれに次ぎ,塩基性画分による影響は殆ど認められなかった。この事から1-NitropyreneやDNPの変異原性に影響をおよぼすディーゼル排出成分は主にPAH類によるものと推測された。 (3) 比較的変異原性の弱い2, 4, 6-TrinitrochlorobenzeneはPyreneの共存によりそのdirect-acting mutagenとしての活性を著しく増加させることを明らかにした。また,強いdirect-acting mutagen活性を有する1, 3, 6, 8-TetranitrocarbazoleはPyreneあるいはBenzo(a)pyreneの共存によりその変異原性が著しく抑制された。なお,上記物質の混合溶液の吸収スペクトルに電荷移動錯体形成による新しい吸収帯の出現が認められ,電荷移動錯体形成が変異原性に影響をおよぼすことを確認した。 以上の成績より,環境中の共存物質であるPAH類は芳香族ニトロ化合物の変異原性に対し,大きな影響を与えることを明らかにした。その原因として,電子受容体の芳香族ニトロ化合物と電子供与体のPAH類による電荷移動錯体の形成が強く示唆された。2. ガス状汚染物質の変異原性試験方法の開発 揮発性又はガス状物質の変異原性試験方法は,液体又は可溶性物質に対する試験方法に比べて著しく立ち遅れており,適切な試験方法は未だ確立されていない。一方,環境空気中の汚染物質はフィルターを通すことによって,フィルター上に捕集される粒子状汚染物質と,フィルターを通過してしまうガス・蒸気状汚染物質とに大別されるが,粒子状汚染物質の変異原性はAmes法等により比較的詳細な検討がなされているものの,ガス・蒸気状汚染物質の変異原性は,前述のように適切な試験方法が確立されていないため,殆ど明らかにされていない。 そこで本研究では,ディーゼル車の増加に伴いその生体影響が懸念されているディーゼル排出物中のガス・蒸気状物質をとりあげ,その変異原性試験方法の開発を試みた。その結果,一連のガラス製チャンバー内に設置したプレートに一定の流速でディーゼル排出物中のガス・蒸気物質を数時間連続暴露することにより,その変異原性を検出しうる方法を開発することに成功した。 この方法を用いて,ディーゼル排出物中のガス・蒸気状物質の変異原性を調べ,Ames法(pre-incubation法)による粒子状物質の変異原性との比較を行った結果,ディーゼル排出物中のガス・蒸気状物質のSalmonella typhimurium TAIOO (-S9)に対する変異原性は,粒子状物質のそれよりも,少なくとも30倍強いことが明らかとなった。 「たばこ」副流煙は室内汚染の主要な因子の一つとみなされ,嫌煙権との関連において社会的にも強い関心が寄せられている。そこで,本研究により得られた変異原性試験方法を「たばこ」副流煙に適用し,そのガス・蒸気状物質の変異原性を調べるとともに,従来からよく調べられている粒子状物質(いわゆる,タール状物質)の変異原性と比較検討した。その結果,TA100株に対するガス・蒸気状物質の活性はタール状物質とほぼ同程度であるが,Escherichia coli WP2uvrA/pKM1O1株に対してはガス・蒸気状物質の方が+S9条件下で約10倍高いことを認めた。 以上の成績から,環境空気中の汚染物質のうち,これまでほとんど検討されていなかったディーゼル排出物中および「たばこ」副流煙中のガス・蒸気状物質はその変異原性の強さにおいて粒子状物質のそれと同等かそれ以上であることを明らかにした。このことにより,今後環境空気中のガス・蒸気状物質についてはさらにその実態を究明しなければならない重要性を示唆した。3. 変異原性試験方法の高感度化に関する研究 umu試験法は,試験菌体のDNA傷害に基づくSOS反応により誘起されたβ-galactosidaseの活性から,被験化学物質の変異原性を求める方法で,従来のAmes法に較べて操作が簡単で,短時間に結果が得られ,かつ経済的であるため,環境汚染物質の変異原性の検出やモニタリングに有効な方法として注目を浴びている。しかしながら,現在のumu試験法ではβ-galactosidase活性を吸光光度法(Miller法)によって測定しているため,環境汚染物質のような着色試料の測定や,その検出感度にはいくつかの問題点が残されていた。 そこで本研究では上記問題を解決すべく,手法の改良を行った。その結果, (1) 従来の比色対照溶液(水等)の代わりに,酵素活性を行わない試料溶液を用いると,着色試料の変異原性も測定可能となり,測定精度も向上することを認めた。 (2) 従来法では菌株を一夜培養した後,その一部を数時間再培養したものを試験に用いているが,一夜培養液を希釈したものを試験に用いても良好な成績が得られることを見出し,これにより試験時間の短縮が可能となった。 (3) 菌濃度と検出感度の検討を行い,従来法より低濃度の菌液を使用することにより,高い検出感度が得られることを見出した。 (4) 環境中の主要な発癌関連物質であるPAHと芳香族ニトロ化合物について(1)~(3)の改良umu試験を行い,そのDNA傷害性強度とAmes法による変異原性強度とを比較したところ,両強度間には良好な相関が認められた。 (5) 蛍光光度法を用いるβ-galactosidase活性測定法の検討を行った結果,基質に4-Methylumbelliferyl-β-D-galactopyranosideを使用すると,従来の吸光光度法による感度より少なくとも50倍感度が向上することを認めた。 以上の成績から,Ames法より優れた試験方法となることが期待されているumu試験法について,環境汚染物質の変異原性検索においてAmes法より劣るとされていたいくつかの欠点を改善,改良することができた。 結論 芳香族二トロ化合物の変異原性はPAH類や環境汚染物質の一つであるディーゼル排出タール状物質の存在によりdirect-acting mutagen活性やpromutagen活性に大きく影響されることを明らかにした。 このことにより,今後,環境汚染物質の変異原性試験においては共存汚染物質との相互作用による変異原性をも追求する必要のあることを指摘した。 また,ガス状汚染物質の変異原性はガラス製のチャンバー内に設置した一連のプレート上に一定の流速で被験物質を暴露することにより検出する方法を確立した。 さらに,従来Ames法が変異原性試験として多く用いられているが,umu法を一部改良することにより,umu法はAmes法に比べて時間の短縮および高感度の検出が可能となり,umu法を応用することにより変異原性試験の方法が一層精度の高いものとなった。

Many kinds of carcinogens and mutagens are present in the natural environment. They are evaluated by a) chemical analysis and b) carcinogenicity and mutagenicity testing. Since Ames et al. developed a Salmonella/microsomal test (Ames test) in 1973, many kinds of environmental carcinogens and mutagens have been detected and evaluated, and rapid progress has been made in studies on environmental mutagens. The environmental carcinogenicity and mutagenicity, however, have been explained only partially so far. There is much to be studied about them. 1) It seems that the mutagenicity of environmental pollutants may be affected with some coexisting substances, but studies have hardly been made on such substanses. 2) Of many kinds of mutagens and carcinogens in the natural environment, especially gaseous and vaporous substances have scarcely been investigated for mutagenicity, because no methods have been established for detecting mutagenicity of such substances. The mutagenicity of liquid and soluble substances has been detected and evaluated by the Ames test and others. The present studies were carried out to obtain some basic data on the evaluation of environmental carcinogens and mutagens. In them attempts were made (1) to clarify the effect of coexisting substances on the mutagenicity of nitro-aromatic compounds, (2) to establish a method for detecting and evaluating the mutagenicity of gaseous and vaporous substances among environmental pollutants, and (3) to improve the umu test, a new test of mutagenicity. The results obtained are summarized as follows. 1. Effect of coexisting substances on the mutagenicity of nitro-aromatic compounds. Nitro-aromatic compounds are widely distributed in the natural environment mainly for the following reasons: (1) Many nitro-aromatic compounds are produced extensively in chemical industries in such forms as medicines, dyes, and explosives. (2) Nitro-aromatic compounds are produced by incomplete combustion and also by the reaction of polynuclear aromatic hydrocarbon (PAH) and nitrogen dioxide in the environmental air. On the other hand, nitro-aromatic compounds coexist with other pollutants in many environmental conditions. Some of these pollutants may affect the mutagenicity of those compounds. Therefore, it is very important to study the effect of the coexisting substances on the mutagenicity of the compounds. The present author demonstrated the effect of some coexisting substances (PAH and Diesel exhaust tarry matter) on the mutagenicity of some nitro-aromatic compounds such as 1, 6-dinitropyrene (DNP) and 1, 3, 6, 8-tetranitrocarbazole (TNCZ), by a pre-incubation method with Salmonella typhimurium TA98. The following results were obtained. 1) The direct-acting mutagenicity of DNP, which is a very strong mutagen and carcinogen, decreased in the presence of PAH, which showed no activity in the test condition without S9 mix. The decreasing effect of PAN was displayed on the following substances listed in the decreasing order: benzo(e)pyrene, benzo(a)pyrene (5-ring PAHs), benz(a)anthracene, chrysene, pyrene, fluoranthene (4-ring PAHs), anthracene, phenanthrene and acenaphthene (3-ring PAHs). On the other hand, the promutagenic activity of DNP increased in the presence of PAH in the test system. The increasing effect of PAH was generally displayed on substances in the same order as the decreasing effect of PAH on the direct acting mutagenicity of DNP. That is the higher the molecular size of PAH, the greater the effect of PAH on both mutagenic activities of DNP. DNP is an electron acceptor and PAHs are generally electron donors. Then, a charge-transfer complex may be formed in a mixture of DNP and PAH. High-molecular PAH can readily form the complex, because electron-donating activity increases generally with an increase in molecular size of PAH. This fact suggests strongly that the effect of PAH on the mutagenicity of DNP may be mainly due to the complex formation. 2) The organic extracts from Diesel particulates consist of a variety of chemical compounds, including PAH. It may be considered, therefore, that they can affect the mutagenicity of nitro-aromatic compounds. The direct-acting mutagenicity of DNP was reduced in the presence of the Diesel extracts. To the contrary, the promutagenicity of DNP increased in the presence of these extracts. These effects were shown mainly by the neutral fraction, including many PAHs, and partly by the acidic fraction, but not at all by the basic fraction. Similar results were obtained concerning the mutagenicity of 1-nitropyrene. These facts suggest that the effect of the Diesel extracts on the mutagenicity of DNP and 1-nitropyrene may be mainly due to the presence of PAH. 3) The direct-acting mutagenicity of 2, 4, 6-trinitrochlorobenzene increased in the presence of pyrene. On the other hand, that of TNCZ decreased in the presence of pyrene and benzo(a)pyrene. New absorption bands corresponding to the charge-transfer complexes in their mixtures were also found in a range of 430-510 nm. These experimental results demonstrate that the mutagenicity of nitro-aromatic compounds was greatly modified by the coexisting substances, especially PAH. The formation of a charge-transfer complex was strongly suggested to be one of the reasons for the effects of these substances. 2. Establishment of a method of detecting and evaluating the mutagenicity of gaseous and vaporous substances in the natural environment. The air pollutants may be divided generally into two, gaseous and particulate substances. Gaseous and vaporous substances in environmental pollutants have hardly been investigated for mutagenicity, because the method of detecting and evaluating mutagenicity is not so efficient for them as for liquid and soluble substances. Then, the present author made an attempt to develop a method of detecting and evaluating the mutagenicity of gaseous and vaporous substances in the Diesel exhaust, which has been regarded as one of the most important sources of air pollution. In this attempt mutagenicity could be detected by exposing these substances directly to tester strains in serially connected chambers at the rate of 1.0 1/min. for 8 hours. The mutagenicity thus detected was compared with that of tarry matter from particulate substances in the Diesel exhaust by the pre-incubation method. As a result, it was at least 30 times as high as the mutagenicity of these substances in the Diesel exhaust when Salmonella typhimurium TA100 was used. Cigarette side-stream smoke has been recognized as one of the most important sources of indoor air pollution and attracted interest in connection with the right to avoid smoking. Gaseous and vaporous substances in it were investigated for mutagenicity by applying the same method as used for the Diesel exhaust. Particulate substances in it was also assayed for mutagenicity by the pre-incubation method. As a result, the mutagenicity of the gaseous and vaporous substances was equal to that of the particulate substances when Salmonella typhimurium TA100 was used. It was 10 times as high as the latter when Escherichia coli WP2uvrA/pKM101 was used. These results demonstrate that the mutagenicity of gaseous and vaporous substances is equal to or higher than that of particulate substances in air pollutants. 3. Improvement of umu test, a new bacterial mutagenicity test The umu test has been developed to measur the activity of β-galactosidase induced as an SOS-response to DNA-damaging agents (≒ carcinogens and mutagens) in Salmonella typhimurium TA1535/pSK1002. The test system is very useful for detecting and monitoring carcinogens and mutagens in the environment, because it is simple, rapid and inexpensive. The conventional umu test has some problems, however, on sensitivity and on measuring a colored sample, such as an airborne particulate extract. The present author improved this method in the following manner: (1) To enhance accuracy, a test mixture without enzymatic reaction was used as a reference solution for the measurement of UV-absorbance in β-galactosidase activity assay. (2) The re-incubation of the diluted overnight culture, which was carried out in the conventional method, was omitted. (3) The procedure was so modified that the bacterial suspension of lower concentration might show higher sensitivity than in the conventional method. Six PAHs and 10 nitro compounds, incuding some which were found it the natural environment, were assayed in the improved method. The results obtained were compared with those obtained by the Ames test. A good correlation was found on results between both methods. Furthermore, the present author applied the fluorescent method to measuring β-galactosidase activity with 4-methylumbelliferyl-β-D-galactoside as a substrate. The sensitivity of this method was 50 times as high as that of the conventional UV-absorbance method. From these results it was concluded that the improved method of the umu test was more useful than the Ames test for detecting and monitoring carcinogens and mutagens in the natural environment.

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各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500000016243
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000000016261
  • 本文言語コード
    • jpn
  • NDL書誌ID
    • 000000180557
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL-OPAC
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