金属薄板の純粋張出し性の改善に関する研究

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著者

    • 小林, 政教 コバヤシ, マサノリ

書誌事項

タイトル

金属薄板の純粋張出し性の改善に関する研究

著者名

小林, 政教

著者別名

コバヤシ, マサノリ

学位授与大学

名古屋大学

取得学位

工学博士

学位授与番号

乙第3543号

学位授与年月日

1989-02-28

注記・抄録

博士論文

塑性加工は、量産性とある程度の精度の確保が比較的容易で近代産業には不可欠の生産加工技術として発展してきた。その中で、板材の成形は、通常ポンチ、ダイス及び板押えの三工具を用いる加工法で、自動車のボディ、航空機の機体のような大形部品を初めとして、各種電子部品等の微細部品に至るまで極めて広範囲に利用されている。一般的にはこれら三工具の全てを剛体工具で構成する方法が慣用されるが、場合によってはポンチまたはダイスのいずれかを剛体で製作し、他の一つまたは二つの工具をゴム、合成樹脂または水、油などに置換する方法がある。その他、板材の一部に焼きなましを加える域差焼きなまし深絞り法、熱間深絞り法、合わせ板深絞り法、等多くの方法が考案されている。これら各種の板材成形法の開発の狙いは、成形性の向上、複雑輪郭形状製品の高精度成形、薄肉化あるいは高強度化に伴う難加工材の成形等にある。特に最近プレス成形品に形状精度のみでなく強度あるいは物理的化学的諸機能の付与が要求されることが多く、素板の成形性の劣化は免れがたくなっている。このため、従来にもまして成形性の向上条件の究明が重要となるが、このうち張出し性の向上を狙いとした研究報告には、張出し成形性に及ぼす工具形状の影響、新しい張出し性評価法に関する研究、張出しに適する材料開発を行った研究等いくつかある。また、数値解法を用いて張出し性を理論的に予知しようとする試みも数多くなされている。数値解法は、大別して差分法(FDM)と有限要素法(FEM)に分けられるが、これらの理論解によって、張出し成形中の応力、ひずみ分布、張出し力等が求められ、実験結果とある程度一致することが報告されている。上述のように、張出し成形に関する実験的、理論的研究は多数あるが、尚次のような問題点が残されている。第一に、張出し成形中のポンチ・ブランク間の摩擦係数μは、限界張出し深さに大きな影響をもつ因子の一つであるが、その見積り方法は必ずしも確立されていない。板材成形中のポンチ面における摩擦係数を直接測定した例はまだなく、今までのところ、それを推定する方法として、理論による逆算法、模擬摩擦試験法などが提案されている。しかし、これら両者の方法による値にはかなり大きな差があり、成形中のポンチ面の摩擦状態を確定するには充分とは言えない。第二に、張出し性に及ぼす加工条件の影響について、理論及び実験の両面から首尾一貫した解明は尚不充分と考えられる。理論解析においては、次のようなことが問題点として指摘される。降伏条件として、Hillの異方性降伏集件が慣用されるが、実際の材料の特性を忠実に表現できないとの指摘もあり、Bassaniの降伏条件、後藤の4次降伏関数等が提案されている。また、実際のプレス成形において経験される大ひずみ範囲までの硬化則表示式にも種々の提案がある。限界張出し深さの予知については、臨界条件の選択が鍵となるが、これには慣用されている拡散くびれ条件、局部くびれ条件の他に分岐条件、初期不整を仮定するM-K理論等多数報告されている。しかし、従来の理論解析においては、主として変形限界線図(Forming Limit Diagram:FLD)上で変形限界に及ぼすひずみ比の影響を考察する例が多く、現実の張出し成形へ理論を適用して、工具形状、材料特性、素板形状(特に板厚)、加工条件(特に摩擦)等の影響を実験結果と比較して検討した例は意外なほど少ない。上述のような現状に鑑み、本研究では、純粋張出し性向上条件の解明を狙いとして、摩擦、材料特性、ポンチプロフィル形状、板厚等の諸因子の影響を実験的、理論的に首尾一貫して解明することを目的とする。このような試みは、上述したように、最近益々要求度が高い難加工材の張出し成形を成功させるために不可欠のものと考える。上述の目的を達成するため、以下のような研究を行った。先ず、純粋張出し成形に関する理論的検討を行った。ここでは、Woo及び河合らの手法に準じて差分法により数値解析を行い、純粋張出し深さに及ぼす材料特性値(n値、r値)、ポンチ頭部・素板間の摩擦係数、ポンチ形状の影響を検討すると同時に、ひずみ分布を実測値と比較して、理論の適用性について考察した。また、張出し加工におけるポンチ頭部の摩擦条件をシミュレートしたしゅう動式摩擦試験法及び帯板圧縮試験法の二種類の摩擦試験法によって摩擦係数を実測して、比較検討を行った。その結果、両方法による摩擦係数値間には大きな差はないことが示されたので、本研究では、より簡便に摩擦係数値が求められるしゅう動式摩擦試験法を採用することにした。4種類の潤滑材、7種類の金属薄板(公称板厚0.6mm)及び7種の軸比を持つ楕円プロフィルポンチを用いて純粋張出し実験を行い、摩擦係数、材料特性値(n値、r値)及びポンチプロフィル形状の純粋張出し深さに及ぼす影響を理論と実験の両面から種々考察した。その結果から、張出し性向上にとって最適の摩擦形数値が存在することを初めて明らかにし、また最適ポンチ形状の選択方法についても提案を行った。さらに、ポンチ中心部を低摩擦、ポンチ外側部を高摩擦に塗り分ける域差潤滑法なる手法を考案、試行して、純粋張出し深さが向上することを理論及び実験の両面から確認した。次に、近年、省資源・省エネルギーの観点からプレス成形品の薄肉化が進む現状に鑑み、純粋張出し性に及ぼす板厚の影響について、潤滑材と材料特性値を絡めて理論及び実験の両面から検討を行った。上述のような研究を通して得られた結論を要約すると次のようになる。(1)限界張出し深さの実測値は一般に摩擦係数μが減少するに伴い増加してゆくが、摩擦係数μが0.01~0.03以下になると多少低下する。すなわち限界張出し深さの向上にとって最適の摩擦係数が存在する。この傾向は理論によっても確認された。そして、この最適摩擦係数μは、n値、r値によって影響をうけ、n値、r値が大きくなる程多少とも小さくなる傾向を示した。(2)ポンチプロフィル形状が異なっても限界張出し探さを極大にする摩擦係数μの存在が理論と実験の両面から確かめられた。理論計算によれば、この最適値はポンチプロフィルが偏平化し、n値およびr値が大きくなる程、小さくなり、0.05~ 0.20の範囲を示したが、実験では0・01~0.02 とかなり小さくまた最適範囲もかなり狭いことがわかった。(3)限界張出し深さは、n傾が増せば例外なく増加するが、r値の影響は複雑であり、摩擦係数μがある程度低い場合(計算ではμ≦ 0・1~0.2)正相関、μがある程度高い場合逆相関となることが計算結果から推定された。(4)n値が0.2より大きい材料では摩擦係数μが0.05 より小さくなれば限界の張出し深さの格段の向上が期待されることがわかった。(5)限界張出し深さを極大にするポンチプロフィル形状の存在が理論と実験の両面から確かめられた。理論によれば最適ポンチ形状はn値およびμが小さい程、偏平化(ポンチ軸比が小さくなる)するが、n=0.2,μ=0.1~0.2という通常の範囲では、最適のポンチ軸比r_1'/r_1は0.5~0.75の範囲となり球頭よりかなり偏平となることが分かった。実験結果は計算結果と定性的な一致を示したが、最適となるポンチ軸比の実験値は理論値よりかなり大きく、n=0.02でr_1'/r_1=0・5~0・75,n≧0.2でr_1'/r_1= 2.0となりかなりせん頭側に寄ることが分かった。(6)ポンチ面一材料面間の接触域内で、ポンチの中心部領域を低摩擦、外側部領域を高摩擦と潤滑材を塗りわけるいわゆる域差潤滑法によって、限界張出し探さを5~ 8%程度増大させることが出来た。この限界張り出し深さが向上する最適の中心部の低摩擦適用半径R_Bは、n値の増加とともに大きくなることが計算により示され、実験によって確認された。(7)板厚が異なっても、張出し荷重急減行程における深さが明確に求められ、本実験では、全ての場合を通してこれを限界張出し深さとしたが、この時点で、破断亀裂が板厚方向に貫通することが認められた。しかし、局部くびれ発生時の張り出し深さは、これより僅かに小さく、局部くびれ発生直接に破断亀裂が発生することがわかった。(8)材質及び潤滑材によらず板厚が薄くなれば限界張出し深さはかなり減少する。(9)限界張出し深さを極大にする最適摩擦係数μは板厚によって変化する。この最適摩擦係数μは、軟質材の場合、板厚が厚くなるほど、小さくなる傾向を示した。(10)Hillの拡散くびれ発生条件、M-K理論を用いた山口の方法及び後藤の式を用いて、限界張出し深さに及ばす板厚の影響を計算したところ、軟質材については、山口の方法が実験値と比較的よく一致した。これは理論に用いた仮定が実験に現れた現象にある程度類似したためと思われる。半硬質材については、後藤の式が比較的良い一致を示した。Hillの拡散くびれ条件による計算結果は、板厚依存性を示さない。

名古屋大学博士学位論文 学位の種類:工学博士 (論文) 学位授与年月日:平成1年2月28日

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各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500000052260
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000000052376
  • DOI(NDL)
  • 本文言語コード
    • jpn
  • NDL書誌ID
    • 000000216574
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL ONLINE
    • NDLデジタルコレクション
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