我が国における原子力発電の社会的受容に関する社会心理学的研究 ワガ クニ ニオケル ゲンシリョク ハツデン ノ シャカイテキ ジュヨウ ニカンスル シャカイ シンリガクテキ ケンキュウ

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著者

    • 田中, 豊 タナカ, ユタカ

書誌事項

タイトル

我が国における原子力発電の社会的受容に関する社会心理学的研究

タイトル別名

ワガ クニ ニオケル ゲンシリョク ハツデン ノ シャカイテキ ジュヨウ ニカンスル シャカイ シンリガクテキ ケンキュウ

著者名

田中, 豊

著者別名

タナカ, ユタカ

学位授与大学

学習院大学

取得学位

博士 (政治学)

学位授与番号

乙第77号

学位授与年月日

1996-03-09

注記・抄録

博士論文

 18世紀後半から始まった産業革命以降、科学技術は急速な進歩を遂げており、今後もますます加速される見通しである。19世紀から20世紀前半にかけて、人々は科学技術の進歩に夢と希望を託していたが、次第に科学技術は両刃の剣であることが、人々の間に認識されるようになった。そして20世紀後半になると、平和目的のための科学技術の使用でさえも、その際生じるリスクが問題とされるようになった。 我が国でも1960年代の高度成長期以降、科学技術や科学技術の進歩に対する評価は、徐々に厳しさを増しており、今後もこの傾向はさらに強まることが予想される。科学技術を過信したり、科学技術が万能であると考えることは適切ではないが、その運用の仕方や予想されるリスクに対して十分な配慮を行うならば、科学技術は今後もさらに大きなベネフィットを、人類に与え続けることができるだろう。 本論文では、種々の科学技術およびその産物の一つとして、原子力発電を取り上げ、我が国におけるその社会的受容(パブリック・アクセプタンス)という問題を、政治的・政策的あるいは制度的分析と共に、社会的受容の問題を理解する上で非常に重要である、大衆の心理的側面から社会心理学的に分析を行なうことを目的とする。 原子力の初めての利用は、不幸にして第2次世界大戦下での原子爆弾としての使用という軍事利用であった。 我が国では1952年の学術会議総会において「茅・伏見提案」が行われ、原子力平和利用への提案がなされたが、核兵器製造への不安から受け入れられず、我が国における原子力平和利用への始動は、1953年のアメリカ大統領アイゼンハワーの提案や、これを受けた1954年の原子力予算の国会承認を待たねばならなかった。そして1955年に、「公開、自主、民主」の3原則を取り入れた原子力基本法などのいわゆる原子力3法が成立し、ここに我が国め原子力平和利用が本格的に進められることとなった。我が国における初期の原子力開発利用の体制作りには、学者および学術会議、そして原子力利用に積極的な政治家がその先導役を果たしていた。そして我が国の原子力政策はその当初から、原子力を平和目的のためのみに推進することを原則としたところに、大きな特色がある。1956年に原子力委員会が発足したが、この原子力委員会は、これまでの我が国の原子力政策を決定する上で中心的役割を果たして来ており、また現在もその役割を担っている。原子力委員会は、1966年に高速増殖炉と新型転換炉を並行して開発することを決め、我が国政府は高速増殖炉を始めとする核燃料サイクルの完結、すなわち準国産エネルギーの確保に、本格的に取り組むこととなった。 順調に進んで来たかに見える我が国の原子力発電の導入であるが、1970年頃から、様々な試練に出合い、世論は原子力利用に対してますます懸念を示すようになった。我が国において市民的な反原発運動が盛り上がりを見せたのは、チェルノブイリ原発事故後に拡大した「広瀬隆現象」などであるが、これらの市民運動は、結局一過性に終わってしまった。現在我が国で特に問題となっているのは、やはり原子力発電所設置地域の住民による反対運動であり、これらの地域では、原子力発電所やその関連施設の設置に賛成か反対かで、住民同士が市や町を2分して対立しているケースも多い。 1977年に就任したアメリカ大統領カーターは、核不拡散政策を打ち出し、そして我が国に対しても、我が国の再処理施設や高速増殖炉の開発を凍結させようとした。当時のアメリカおよび我が国の立場は、1977年から始められた原子力の平和利用と核不拡散の両立を探るための会議である、国際核燃料サイクル評価(INFCE)においても示されている。 1957年に国際原子力機関(IAEA)が、国際連合の一専門機関として設立され、また1970年に核不拡散条約(NPT)が発効した。これらの、NPT/IAEA体制は、現在のところ最も有効な国際的核軍縮体制といえるが、このNPT/IAEA体制も様々な問題を抱えている。 近年原子力発電所の立地が困難となっている最大の理由は、北海道幌延町の事例に見られるように、立地予定地点の住民の理解や知事の同意が得られず、原子力発電所あるいはその関連施設の建設の、延期あるいは中止を余儀なくされているためである。この地域住民の理解や協力を得られない理由には、原発サイト特有の問題以上に、国民一般が抱いている原子力発電やその関連施設への不安や偏見、あるいはそれらに対する理解不足などが大きく関係している。 我が国の国民が原子力発電に対して抱いている態度を、各種の世論調査の結果に基づいて概観した結果、我が国国民は、原子力発電に対して不安を感じている一方、その必要性も感じており、現状維持の者を含み過半数の者が原子力発電を容認しているといえる。しかし今後さらに原子力発電所を増設することについては、過半数の同意は得られていない。さらに一般論としては原子力発電所の設置を容認する者が多いが、自分の居住地域に原子力発篭所が建設されるという場合には、反対する者の方がずっと多い。原子力発電に関する情報を、大衆は新聞やテレビなどのマスコミから得ており、またこれらの情報源に対する信頼性は高い。さらに原子力発電を推進する立場にある国や電力会社の説明に対する信頼度が、新聞やテレビに対する信頼度よりも低いことが示された。 原子力発電所の事故により死亡する確率は極めて低いにもかかわらず、非常に危険であると感じている者が多い。このようなことが生じるのは、人がある科学技術のリスクを判断する際に、人間特有の認知バイアスがかかるためである。専門家と大衆とは、それぞれ異なる次元でリスクの程度を判断し、その結果として異なるリスク認知を持っている。また社会心理学的な実験により、政府や電力会社の予測が外れて原子力発電所の重大事故が生じた場合、好ましくない方向に外れたことになるので、人々はネガティブな感情が引き起こされ、政府や電力会社に対する信頼度は、人々のネガティブな感情により過度に低く評価されてしまう可能性が示唆された。 人々が原子力発電を始めとする種々の科学技術およびその産物を、社会に受け入れるかどうかは、その「リスク」及び「ベネフィット」をどのように認識しているかという、「リスク」と「ベネフィット」の主観的バランスにより主として決定されることや、「事業主体に対する信頼性」の要因も、原子力発電などの社会的受容に影響を与える要因であることを、重回帰分析や因子分析などにより実証的に確認した。またSD法に準じた手続きでベネフィット認知の構造を調査した結果、ベネフィット認知が「親近性」因子と「将来性」因子という2つの因子から構成されており、ベネフィツトの構成因子の中でも特に「将来性」の因子が、原子力発電を始めとする種々の科学技術およびその産物の社会的受容の決定に、重要な役割を果たしていることが明らかにされた。 マスコミの報道は必ずしも客観的で中立なわけではなく、様々なバイアスがかかっている。原子力発電に関するマスコミ報道にもバイアスがかかっており、原子力発電の危険性が強調された内容となっている。 大衆が原子力発電について客観的・合理的に判断が下せるよう、原子力発電に関する科学的・客観的な基礎知識を大衆に与えたり、客観的・合理的な思考を促したり、あるいは大衆からの疑問や不安に答えて行くのが、本来のリスク・コミュニケーションの社会的意義であり、積極的に促進する必要がある。リスク・コミュニケーションは、社会教育としてだけでなく、学校教育においても行われる必要がある。 また科学技術に対する態度と、原子力発電に対する態度との間には、ある程度相関がある。さらに高校生の文科系・理科系の選択において「科学に対する関心」と、「理科や数学の授業に対する好意度」という2つの要因が、重要な要因であることが実証的に明らかにされた。 政府は、適切なリスク・コミュニケーションを行って、国民に原子力発電に対する理解を深めてもらうと共に、我が国が原子力発電を推進しようとする真意を理解してもらわねばならない。また政府はこれまで以上に、原子力発電所の安全性の向上や、運転員の教育・管理に努めると共に、科学技術教育にも、さらに積極的に取り組むべきである。原子力発電所の設置および運転主体である電力会社などの事業者は、これまで以上に国民や設置地域の住民の理解を得るための努力をすべきである。また事業者は、その安全性の確保や向上に今後も努めなければならない。マスコミ関係者は、自分たちが持つ社会的影響力の大きさや、社会的に果たすべき役割についてもっと自覚を持つべきである。また、自分達が原子力発電に対して持っている偏見、また原子力発電に関する理解や基礎知識の程度、自分達の作成した記事に対する読者の反応、などの点について、もう一度見直す必要があろう。国民は、自分達のリスク露知やベネフィット認知には、様々なバイアスがかかっており、その偏った認知に基づいて原子力発電について論じていることを自覚すべきである。政府の方針に対し、最終的な決定権を有する国民が、原子力発電のもたらすリスクとベネフィットについて、冷静に把握し判断しなければならない。 本研究により得られたことは、原子力発電以外の科学技術およびその産物の社会的受容を考える上でも、有用であると思われる。科学技術の軍事目的への利用や社会に害をもたらすような利用については、政治的・制度的あるいは教育的にこれを抑制することが必要であるが、高度科学技術社会を否定するのではなく、ある科学技術およびその産物の「リスク」と「ベネフィット」を適切に評価した上で、ベネフィットの大きなものについてはそれを積極的に受け入れるならば、科学技術は今後も人々に多くのベネフィットを与えるであろう。

目次

  1. -目次- / p2 (0003.jp2)
  2. 序章 問題と目的 / p5 (0004.jp2)
  3. 第2章 原子力利用の史的展開 / p12 (0008.jp2)
  4. 第1節 原子力利用の始まり / p13 (0008.jp2)
  5. 第2節 我が国における原子力平和利用の始まり / p15 (0009.jp2)
  6. 第3節 自主技術開発への体制整備 / p20 (0012.jp2)
  7. 第4節 原子力発電の推進に対する試練 / p25 (0014.jp2)
  8. 第5節 原子力発電の新たな意義付け / p31 (0017.jp2)
  9. 第6節 我が国における安全確保体制の現状 / p33 (0018.jp2)
  10. 第3章 核燃料サイクル推進政策と我が国を取り巻く状況 / p36 (0020.jp2)
  11. 第1節 我が国の核燃料サイクル政策とその現状 / p37 (0020.jp2)
  12. 第2節 国際原子力機関(IAEA)と核不拡散条約(NPT) / p41 (0022.jp2)
  13. 第3節 アメリカの核不拡散政策と国際核燃料サイクル評価(INFCE) / p47 (0025.jp2)
  14. 第4章 原子力発電関連施設の立地と地域社会 / p52 (0028.jp2)
  15. 第1節 幌延における貯蔵工学センター立地をめぐる問題 / p53 (0028.jp2)
  16. 第2節 原発サイト住民の態度と国民の一般的態度との関連性 / p62 (0033.jp2)
  17. 第5章 原子力発電に対する大衆の態度 / p64 (0034.jp2)
  18. 第1節 科学的知識・情報 / p65 (0034.jp2)
  19. 第2節 エネルギー・環境問題 / p68 (0036.jp2)
  20. 第3節 原子力発電 / p72 (0038.jp2)
  21. 第6章 大衆のリスク認知 / p83 (0043.jp2)
  22. 第1節 確率認知と認知バイアス / p84 (0044.jp2)
  23. 第2節 専門家の判断と大衆の判断 / p88 (0046.jp2)
  24. 第3節 確率的予測の不的中と情報源の信頼度評価 / p90 (0047.jp2)
  25. 第7章 社会的受容とリスク・ベネフィットの認知 / p109 (0056.jp2)
  26. 第1節 社会的受容とリスク・ベネフィット認知 / p110 (0057.jp2)
  27. 第2節 リスク・ベネフィットの2要因による社会的受容度の予測 / p113 (0058.jp2)
  28. 第3節 社会的受容に影響を与えるその他の要因 / p124 (0064.jp2)
  29. 第4節 リスク認知の構造 / p132 (0068.jp2)
  30. 第5節 ベネフィット認知の構造 / p134 (0069.jp2)
  31. 第8章 リスク・コミュニケーション / p148 (0076.jp2)
  32. 第1節 マスコミ報道のバイアス / p149 (0076.jp2)
  33. 第2節 原子力発電に関するマスコミ報道のバイアス / p152 (0078.jp2)
  34. 第3節 原子力発電の社会的受容とリスク・コミュニケーション / p154 (0079.jp2)
  35. 第9章 原子力発電の社会的受容と教育 / p157 (0080.jp2)
  36. 第1節 科学技術教育の必要性 / p158 (0081.jp2)
  37. 第2節 科学技術に対する態度と学校教育 / p161 (0082.jp2)
  38. 終章 提言とまとめ / p171 (0087.jp2)
  39. 第1節 原子力発電の社会的受容に関する提言 / p172 (0088.jp2)
  40. 第2節 高度科学技術社会における科学技術の社会的受容 / p178 (0091.jp2)
  41. 終わりに-社会的問題や社会現象の理解に当たって- / p180 (0092.jp2)
  42. 謝辞 / p183 (0093.jp2)
  43. 注. / p185 (0094.jp2)
  44. 引用・参考文献 / p195 (0099.jp2)
  45. 【別冊付録(質問票)目次】 / p2 (0114.jp2)
  46. 1.「確率的予測の不的中と情報源の信頼度評価」(第6章第3節)質問票 / p3 (0114.jp2)
  47. 2.「科学技術のパブリック・アクセプタンスに関するコミュニケーション論的調査研究」(第7章第2節、第9章第2節)質問票 / p19 (0122.jp2)
  48. 3.「科学技術の社会的受容を決定する要因」(第7章第3節)質問票 / p28 (0127.jp2)
  49. 4.「ベネフィット認知に関する研究」(第7章第5節)質問票 / p32 (0129.jp2)
  50. 主論文の内容の要旨 / p1 (0109.jp2)
36アクセス

各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500000130890
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000000954623
  • DOI(NDL)
  • 本文言語コード
    • jpn
  • NDL書誌ID
    • 000000295204
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL-OPAC
    • NDLデジタルコレクション
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