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  • 祭礼の笑い

    浦 和男

    日本には落語、漫才などさまざまな笑いの文化があるが、一番身近なものは伝統的な祭礼で見る事ができる笑いである。伝統的な祭礼は厳格に執り行われていると思いがちだが、実は笑いにあふれている。笑う祭礼、笑うことを意図する祭礼、笑いを意図しないにもかかわらず、笑ってしまう祭礼など、日本の民俗社会の祭礼は、本来どこかに笑う場面が必ずあったと言われている。本稿では、本学会『笑いの民俗行事』プロジェクトが提案した祭礼の笑いのカテゴリーを検証し、祭礼における笑いの役割を考察する。祭礼では、ただおかしいから笑うというのではなく、その笑いには意味があり、それは日本人の笑い観にも影響を与えてきたと考えることができる。祭礼、行事についての民俗学的研究、文学的研究、あるいは、アジア諸国の祭礼、行事との比較文学、比較文化的、文化人類学的考察に関する先行論文は多数あるが、祭礼の笑いについて論じた先行研究はほとんどない。

    笑い学研究 22(0), 5-18, 2015

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  • 朝鮮禊会の活動とその論理─植民地朝鮮における国家神道の宗教性─(高成廈教授・寺木伸明教授 退任記念号)

    青野 正明

    In this paper I seek to clarify the theory and practice of the "Shinto-Ablutions Performing Group of Korea" (朝鮮禊会), pointing out that, while recognizing the religious element in Shinto, the group steadfastly maintained that the practice of Shinto attained a higher plane over and above simple religion. The ascetics of the group held that, by carrying out ablutions (禊行), Shinto believers were able to attain unity with the ancestral gods. Needless to say, the worship of ancestral gods has a direct connection with the worship of Amaterasu Omikami (天照大神), the ancestral goddess of Japan's Imperial House. The ascetics of the group are thus directly linked to the ideology of the Japanese emperor system.

    人間文化研究 (2), 141-166, 2015-03-23

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  • 吉田初三郎鳥瞰図にみる地方の都市計画 : 宮崎県延岡市が描かれた鳥瞰図をめぐって

    山内 利秋 , 増田 豪 , 益田 啓一郎

    Yoshida Hatsusaburo was a designer of bird's-eye view pictures and he produced whole country. There are picture which he drew in Miyazaki prefecture. Three pictures which Nobeoka city, Miyazaki was drawn on as the subject in that exist, and, after "Nobeoka Meisho Zue (Pictorial Nobeoka)" of 1922, "Nobeoka" of the "Tetsudo Ryoko^ Annai (A guide book for rail travel )" inside in 1923 and World War II, "Nobeoka-shi cho^kanzu (A bird's-eye view picture of Nobeoka City)" in 1952 which this. From these documents, as well as the figure of cities throughout Japan by the point of view of Mr. Hatsusaburo, it suggests the idea of regional cities in this period for "town planning"

    九州保健福祉大学研究紀要 16, 9-22, 2015-03

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  • 『攻殻機動隊』のドラマツルギー

    岸田 真 , Shin KISHIDA , 桜美林大学芸術・文化学系 , J. F. Oberlin University Dvision of Arts and Culture

    桜美林論考. 人文研究 = The journal of J. F. Oberlin University. Studies in humanities 5, 103-118, 2014-03-01

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  • 遺跡まつりと地域アイデンティティ : 「芝山はにわ祭」の事例分析から

    櫻井 準也 , Junya SAKURAI , 尚美学園大学総合政策学部

    わが国において遺跡は埋蔵文化財として捉えられ、長い間保護すべき対象として扱われてきた。しかし、近年になって遺跡を観光資源や「町おこし」などに積極的に活用しようという動きが出てきている。こうした傾向に対して、本稿では遺跡の活用のあり方の一つであり、現在全国各地で実施されている「遺跡まつり」を取り上げた。まず、全国各地で実施されている「遺跡まつり」の現状について概観し、教育普及型と町おこし型という「遺跡まつり」の類型化を試みた。その後、具体的な事例として町おこし型の「遺跡まつり」である「芝山はにわ祭」(千葉県芝山町)の歴史や催しものについて詳細に検討した。そして、この祭りは行政のバックアップによる「町おこし」としての役割だけでなく、地元の小中学生を古代人として参加させることによって「地域アイデンティティの創出」に寄与していることを指摘した。In Japan, archaeological sites were regarded as a cultural property and have been treatedas an object of conservation for a long time. However, archaeological sites are utilizedfor tourist attractions and "town revitalization" in recent years. In this paper, I picked up "archaeological site festival" and surveyed about the actual condition of the"archaeological site festival" in Japan. And examination was added in detail about"SHIBAYAMA HANIWA(ancient clay figure) FESTIVAL" (Shibayama-machi, Chiba).As a result, I pointed out that this festival had contributed not only the role of the "townrevitalization" but the creation of "local identity" for elementary and junior high schoolstudents by making it participate as the ancients.

    尚美学園大学総合政策研究紀要 = Bulletin of policy and management, Shobi University 24, 39-53, 2014-03-31

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  • アメノウズメの<神がかり>・<わざをき> : 天岩戸と天孫降臨

    吉田 修作

    天岩戸と天孫降臨神話に記述されたアメノウズメの所作である<神がかり>、<わざをき>に焦点を当てると、天岩戸でのウズメの所作は書紀の<神がかり>の表記やアマテラスとの問答などから、ことばによる<神がかり>が内包されており、天孫降臨のウズメの所作はサルタヒコの「神名顕し」を促し、天岩戸でのアマテラスの「神顕し」と対応する。ウズメの所作は天岩戸では一方で<わざをき>とも記されているが、<わざをき>は本質的には制度化されない混沌性を抱え込んでおり、それが<神がかり>と通じる点である。

    日本文学 60(2), 1-10, 2011

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  • 松本清張著『鴎外の婢』にみられる考古学的虚実構成

    大津 忠彦

    筑紫女学園大学・筑紫女学園大学短期大学部紀要 9, 95-107, 2014

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  • 地域医療に専心して : 「村の顔まちの声」から(〈特集〉地域医療)

    色平 哲郎 , 佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科 : 獨協医科大学 国際協力支援センター熱帯病寄生虫病室

    Dokkyo journal of medical sciences 40(3), 199-203, 2013-10-25

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  • 国際異文化理解における英語教育の役割2: 伝承文学と異文化理解

    山崎 有介 , Yusuke Yamazaki , 長崎ウエスレヤン大学現代社会学部外国語学科 , Faculty of Contemporary Social Studies Nagasaki Wesleyan University

    11(1), 9-17

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  • 映像表現の限界 : 金環日食は暗くなる?

    尾久土 正己

    映像情報メディア学会誌 : 映像情報メディア 66(9), i, 2012-09-01

  • 太宰治とプレスコード : 『惜別』-二つの検閲をくぐって

    夏目 武子

    文学と教育 2012(216), 45-51, 2012

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  • 朱雀院の「遊び」 : 「澪標」巻退位後の記述を始発として

    春日 美穂

    本論は、「澪標」巻、退位後の朱雀院が管絃の遊びを楽しむ場面を始発とし、それが、理想の上皇像を追い求めようとする朱雀院の意志であったことを、歴史資料等をふまえながら明らかにしたものである。朱雀院は、本来あるべきはずの「遊び」の記述が二例しか見られず、他の『源氏物語』の帝たちと明確な差があるが、だからこそ、帝として、そして宇多上皇を規範とする当時の上皇の理想像に近づくために、退位後に「遊び」を自ら選び取っていたのである。

    日本文学 58(2), 26-34, 2009

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  • 宗教的身体知と生態智の考察 : 「滝行」を中心にして(<特集>宗教の教育と伝承)

    鎌田 東二

    「ワザ(技・業・術)」とは人間が編み出し、伝承し、改変を加えてきたさまざまな技法・技術であるが、その中に呼吸法や瞑想法などを含む身体技法や各種の芸能・芸術の技法やコミュニケーション技術、また物体を用いる技法・身体を用いる技法・意識に改変を加える技法などがある。ワザは心とモノとをつなぐ媒介者であり、身体を用いた心の表現法でもある。「滝行」を含む諸種の「ボディワーク(身体技法)」は、「ある目的(解脱・霊験・法力・活力を得る・悩みの解除など)を達成するために、心身を鍛錬し有効に用いるワザ・作法・技法である」。宗教的「身体知」も、宗教的観念や宗教思想に裏打ちされながら、さまざまなワザを持っている。その宗教的ワザの一つとしての「滝行」に着目することにより、日本の宗教的身体知の独自性とそこに宿る「生態智」を掘り起こす。

    宗教研究 85(2), 429-456, 2011

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  • 宮崎の夜神楽

    上田 桂土倖

    日本色彩学会誌 32, 118-119, 2008-05-01

    国立国会図書館デジタルコレクション 参考文献3件

  • <笙の岩屋>の形象 : 西行の宗教をめぐる和歌のつくり方(<特集>宗教をめぐる中世の言説)

    平田 英夫

    中世の宗教をめぐる和歌の言説について、特に宗教を和歌がどのように扱っていくのかに関して熱心に取り組んだ西行の和歌について考える。末法の世で、西行が意識した方法は、縁起・神話・霊験譚・往生伝といった種々の宗教説話を和歌の俎上にのせて、説話世界に漲っていた宗教的なエネルギーを和歌の世界に流し込むことだった。本稿では、具体的には、文学作品の中において、大峰の行場を象徴し、日蔵伝承に彩られる「笙の岩屋」を詠んだ西行歌を例に考えてみた。

    日本文学 57(7), 28-36, 2008

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  • 『埋木廼花(うもれぎのはな)』の政治学 : 天皇巡幸の文学表象

    松澤 俊二

    「埋木廼花」は明治天皇の奥羽巡幸を契機として編まれた詩歌文集である。それら詩歌は在地の民衆から奉献されたとされるが、その作者とは、既に天皇や新政府に心情的、実際的に近い人々であった。また作品の多くは「奥羽」を貶める一方で、天皇や巡幸を称える内容を持ち、そこには被統治者の声(和歌)により「奥羽」支配を正当化しようとする企図が見て取れる。さらに編者である高崎正風の和歌観と政治観、両者を結ぶ論理についても検討している。

    日本文学 57(6), 31-41, 2008

    J-STAGE

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