<論文>燈籠鬢の成立 : 中国文化受容の江戸時代 The Birth of "TOROBIN" : The Reception of Chinese Culture in Edo Period

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抄録

江戸時代(1603〜1868)は日本文化が中国大陸からつぎつぎともたらされる文物の刺激を受け,豊かに発展した時代である。それは平和な鎖国的環境のもとで成熟期を迎えるとともに,新たに明・清あるいは西洋からの影響も加わって,いろいろな風俗習慣が生まれたのである。日本人は外国からの異文化を和風文化として育てあげ,次に来る文化もまた異文化を捉えて,再度それを和風文化として取り入れてしまう国民なのである。その結果江戸時代は,欧米の文化と東アジア文化が複雑に入りまじった,日本文化の基礎を作ることになったのである。従って大陸での髪型も,江戸時代を通して日本に取り入れられて,日本髪を誕生させる結果となったのである。流蘇髻(図(1)参照)(りゅうそけい)は懐月堂安度とその一門が活躍した時代,また鬆鬢扁髻(しょうびんへんけい)(図(5)参照)は喜多川歌麿の理想の美人の髪を飾った燈籠鬢(とうろうびん)(図(4)参照)であるが,結局日本髪の誕生は中国文化受容の結果であったといえる。

収録刊行物

  • 山野研究紀要

    山野研究紀要 6, 39-51, 1998-03-25

    山野美容芸術短期大学

各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    110000033950
  • NII書誌ID(NCID)
    AA11229891
  • 本文言語コード
    JPN
  • ISSN
    09196323
  • データ提供元
    NII-ELS 
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