C.Fillmoreの格文法 : 日本語「格」との文法論的関連

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • C. Fillmore's Theory of Case Grammar : Theoretical Relation with Japanese 'Cases'

抄録

前報では,日本語と英語(欧州諸言語)の「格」表現形態が著しく異なることを挙げ,格概念は個別言語内の表現形態と直接結び付きながら抽象化されることを見た。日本語の「格」体系が欧州諸言語の文法を基盤として助詞体系に当て填めたものであることは,明治以来の「ハ・ガ論争」や三上章の日本語文法論の中などで再三言及されている。欧州諸言語の「格」概念は,格屈折語尾変化や語順のような,非語彙的な統語機能の体系から成り立っている。一方,日本語には欧州諸言語のような「格」表現の素材はない。日本語の格概念は,欧州諸言語の格に対応する日本語の言語素材から構成された。従って,膠着言語の日本語が主として特定の語彙範疇-格助詞-で表示している格体系と,屈折言語の欧州諸言語が主として屈折語尾や語順で表示している格体系とでは,極めて制約された統語機能面にしか共通点が現れないのは当然である。「格」の個別的認識もそれが包括する事象によって異なる。例えば「主格」は,英語では主語になる名詞句が取る格で,人称代名詞には特定の形態が与えられるが,日本語には,対応する形態は言うまでもなく,三・単・現の動詞形に影響を及ぼす機能を持つものも,述語部分と対応する必須要素としての役割を果たすものも存在しない。格助詞の機能意味に対応点を探って,「主題」を表示する「ハ」(「モ」)と「主語」を表示する「ガ」に共通点を見いだすのみである。ところが「ハ」(「モ」)は,名詞句以外の範疇にも付加されることから,格助詞の範疇に含めないことが多い。また,「ガ」も,情報構造上「ハ」と相補的分布を示すこと,母体文と埋め込み文で「ハ」と使い分けられることが多いこと,述語節点に対して姉妹関係というよりは被統率関係になることが多いことなどから,英語の「主語」には含まれない機能意味を多く持っている。N.Chomskyは,「格」を統語構造上の抽象的な関係概念として捉え,深層構造の支配関係から派生する方法を提案した。この方法では,個別言語の格表示は,それぞれの媒介変数を適用することによって,意味とは無関係に機械的に生成される。この方法は,日本語と西欧諸語のように格表示の言語素材に著しい相違がある場合でも,統語構造と形態を生成するには都合がいい。言語形態に伴う意味は,統語部門とは別の意味部門の意味解釈規則で扱われるので,別途考慮すればいいからである。しかし,それによって派生される文法格は,原理上,述語と述語項の意味論的関係を区別することができない。Fillmoreは,格表示形態と意味の捉え方の順序を逆転することによって,「意味」から文法格を生成する理論を提案した。述語と述語項との意味論的な役割関係を新たに「格」と定義し,その「格」の生起する環境から一定の統語構造上の法則性を体系化すことによって,「意味」と文法格を可視的に関連付ける理論を構築したのである。これは「格文法」理論と呼ばれているが,その「格」は,上述のように,伝統文法の「格」ともChomskyの「格」とも異質のものである。「格文法」理論の「格」は,述語と述語項との関係意味から抽出さた素性と名詞句から成る。この「格」のモテルは,日本語の格表示形態と酷似している上に,理論形式上格助詞が持つ統語機能を「格素性」として捉える可能性を示唆している。このことから,格文法理論は日本語の「格」関係の分析には格好の理論的基盤を提供してくれるものと期待された。本論では,格文法理論が日本語の「格」を説明するのにどれほど有効がという視点から,Fillmoreの"The Case for Case"を中心とした「格文法」理論を検討し,その問題点を探る。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001204960955520
  • NII論文ID
    110000044740
  • DOI
    10.20715/bulliac.21.0_45
  • ISSN
    24336491
    03899977
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ