古代鍼灸学派における文献的研究

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抄録

『山海経』東山経には"その下箴石多し",『説文解字』にも"〓石をもって病を刺す", 『帝王世紀』には"太昊九針を製し"などの記載文が認められる。中国医学の歴史はその時代の発展状況に応じて,鍼灸医学,漢方医学,気功学も多くの学説が唱えられた。注目すべきことは,何時の時代にしろ,学説,学派の出現が多いほど,学術論争が激しく,また中国医学の発展も加速されていた。今回は学派の地域別,手技別分類を行い,悠久な鍼灸医学発展の歴史を,古代中国文献を参考に明らかにするものである。尚,筆者らはチベット医学,モンゴル医学を調査するために,敦煌の莫高窟を始めとする内陸部にも現地調査を進めるが,これには限界があるため,本文では現在調査中のものを触れずに報告する。

The schools of acupuncture in China were classified into northern district, eastern district and north-western district. In ancient times, information in research was not exchange. suitably due to underdeveloped transport facilities and printing business. Therefore, the schools of ancient Acupuncture were classified by the districts and organiged charactristically.

収録刊行物

  • 関西鍼灸短期大学年報

    関西鍼灸短期大学年報 12, 25-29, 1997-10-25

    関西鍼灸大学

キーワード

各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    110001058058
  • NII書誌ID(NCID)
    AN10371516
  • 本文言語コード
    JPN
  • ISSN
    09129545
  • データ提供元
    NII-ELS 
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