「耳鳴と聴覚過敏の患者に対する耳鳴再訓練療法(tinnitus retraining therapy;TRT)」

DOI
  • 矢野 純
    日本赤十字社医療センター耳鼻咽喉科

抄録

耳鳴は全人口の15〜20%にみられる症状であるが, 耳鳴を苦にして治療を求める人は少数である. 耳鳴のもたらす苦痛, 睡眠障害, 情緒的反応, 職業や日常生活への影響などは, 患者により異なる. 耳鳴を訴える患者の多くは難聴を伴うが, 20%は正常聴力である. 耳鳴を測定すると, それぞれの聞こえの域値上, 5〜15dB程度の大きさにすぎない. 多くの人は耳鳴をかすかな, 注意を向けるに値しない音として認知するが, 耳鳴に悩む人には大きな不快な音として聞こえるのである. 耳鳴には, カウンセリング, 抗うつ薬, 抗てんかん薬, 抗不安薬, 局所麻酔薬, 血管拡張薬などの薬物や手術, マスキング法, 心理療法, バイオフィードバック, 針治療, 高気圧酸素室, 側頭下顎関節の治療などが行われているが, 満足できる結果が得られていない. 耳鳴再訓練療法(tinnitus retraining therapy;TRT)は1980年代に提唱され, 1990年に最初の報告がなされた. 耳鳴の神経生理学的モデルに基づいて, 耳鳴の知覚と耳鳴への反応に慣れを誘導し維持しようとする方法であり, 慣れは聴覚系と大脳辺縁系, および自律神経系を結ぶ神経の連絡の変容の結果として得られる. 耳鳴の神経生理学的モデルから, 治療に重要な点を挙げると以下のようになる. (1)耳鳴の患者では, 聴覚系に加えて大脳辺縁系と自律神経系が耳鳴に関連した, および音響に誘発された活動に関与している, (2)自律神経系の交感神経系の過剰活動の維持が耳鳴に誘発された行動に関与している, (3)脳のさまざまな系の間の機能的な結合は, 条件反射の原則でつくられる, (4)これらの条件反射に慣れをつくることで耳鳴による行動へのネガティブな影響を除くことができる. TRTはカウンセリングとTCI(補聴器と同じような形の音響発生装置)の装用の2つからなる. カウンセリングでは, 耳鳴の理解(情報の提供), 心理面のサポート, リラクセーション法の指導, TCIの装用の指導を行う. 重要な, 注意に値する音として認知されてしまう耳鳴に心地よいかすかな音を併用することで, 耳鳴を無害な, 注意するに値しない音としての認知に変えてしまうことが目標となる. すなわち, TRTは耳鳴を止める治療ではなく耳鳴に慣れて気にしなくなる治療である. TCIは持続的に心地よい音を鳴らし続ける装置で, 耳掛型の補聴器の形をしている. 音量の設定は, 周囲の環境音と耳鳴がわずかに聞こえる程度に設定する. 1日6〜8時間装用して効果が明らかになるには6ヵ月, 継続的な改善が得られるまでには, 12ヵ月が必要である. 80%の患者で改善が得られた. 改善の得られた例では, 過去12年間, 再発はみられていない. 結論としては, (1)TRTはあらゆるタイプの耳鳴と聴覚過敏に適用できる治療で80%に有効である, (2)TRTは聴覚過敏に治癒をもたらす可能性がある, (3)TRTは頻回の通院が不要で副作用もない, (4)効果が得られるには治療者のトレーニングが必要である.

収録刊行物

  • 心身医学

    心身医学 44 (10), 797-, 2004

    一般社団法人 日本心身医学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390001204889376128
  • NII論文ID
    110001258536
  • DOI
    10.15064/jjpm.44.10_797
  • ISSN
    21895996
    03850307
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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