長崎の原爆被曝イネの後代における細胞遺伝学的研究

DOI HANDLE Web Site オープンアクセス

書誌事項

タイトル別名
  • Cytogenetical studies on the progenies of rice plants exposed to atomic radiation in Nagasaki
  • ナガサキ ノ ゲンバク ヒバクイネ ノ コウダイ ニ オケル サイボウ イデンガクテキ ケンキュウ

この論文をさがす

抄録

長崎の原爆イネ後代に含まれる染色体構造変異の概要を明らかにし,その知見に基づいて過去10余年にわたる原爆イネの系統保存の過程での複雑な変異型の出現傾向とその遺伝組成について明確な説明を与えた. 1. まず,1958年までにすでに明らかにされた変異型の種類,特性,出現状態および遺伝様式などに関する資料を整理し,染色体構造変異に起因するものには大別して,相互転座ヘテロによる半稔系統群,高不稔系統群と,それらの系統から派生する一次あるいは三次三染色体植物群の存在することを明らかにし,さらにホモ状態で系統内に潜在して,検定交配によらねば検出不可能な構造変異の存在も少なくないことを推測した. 2. 染色体標準系との検定交配により,供試した原爆イネ79系統中60系統について染色体構造変異個体を検出,分離した.それらを,検定交配F_1の種子稔性(S),花粉稔性(P),花粉母細胞の減数分裂期の染色体行動によつてA型(S≑P,40~50%,4価観察),B型(S≑P,約50%,4価なし),C型(S≑P,約50%,4価不明),D型(S<P,ごくまれに4価観察),E型(S>P,4価なし)およびその複合型に分けた.A,B,C,D型はいずれも1つの相互転座の存在を,重複A型,A+D型は2つの相互転座の存在を示し;さらに半稔系統群,高不稔系統群において分離する半稔個体はこれらA,B,C,D型の転座ヘテロ個体であり;高不稔系統群に分離する高不稔個体は複合型のヘテロ個体である.この事実は,検定交配F_1の特徴とそのF_2の分離様式からも確かめられた.半稔系統群では検定交配F_1で半稔個体とともに複合型の高不稔個体が現われる場合が2,3みられたが,これは潜在変異の存在を示すものと思われる. 3. 各系統に包含される相互転座の特性を検定交配F_1の特徴,とくに4価染色体の形状,出現頻度などについて比較検討するとともに,転座系統間の相互交配によつて相同性を検定した.その結果,原系統の異なる系統間にも相同な変異の存在する場合が少なくなかつた.A型で6例,D型では5原系統に由来する10系統に相同な変異が存在した.それでも,約20の異なる相互転座が検出されたので,これらはさらに転座分析により転座染色体を同定した. 4. 4価染色体のほとんど観察されないD型は,種子稔性にくらべ花粉稔性がかなり高い(63~74%)ことから,転座染色体の重複,欠失を伴なつた配偶子の生存の可能性が考えられる. 5. 種子稔性は正常で花粉稔性のみ半稔性を示すE型は,第1後期に染色体橋や遅滞染色体が観察され,逆位の存在することが考えられる. 6. 原爆イネ系統の保存,更新の過程で偶発的に出現する高不稔個体は,複合型変異のヘテロ個体であり,出現傾向,遺伝行動さらには半稔個体の他殖率などから,その成因は,他系統との交雑により, 1) ホモ状態で潜在していた変異がヘテロとして発現したか, 2) 他の系統の変異が導入されたかのいずれかであると推定した.原爆イネ後代系統の多くが系統更新の過程でこのような高不稔世代をへて今日にいたつていることが,異なる原系統に由来する系統間に相同な変異が存在し,原爆イネ系統に含まれる染色体構造変異を予想以上に少なくしている原因であろう. 7. 原爆イネ後代に出現した三染色体系統を直接取扱うことはしなかつたが,転座染色体の明らかな数系統から派生した三染色体植物を数世代にわたつて染色体構成,染色体行動,表現型の分離様式などについて追跡した結果,転座系統から派生した当初はその染色体構成はホモII型か,あるいは半稔個体を分離するヘテロ型であり,いずれも世代が進むにしたがつて不稔個体を分離しないホモI型に固定する傾向がみられた.その過程で,一次あるいは三次三染色体植物の表現型の分離が観察されるが,転座染色体の種類,転座の程度によつて4つの表現型が明瞭に区別されるものからそうでないものまで存在することを認めた. 8. 転座染色体の明らかな転座系統の後代から派生した三染色体植物について,過剰染色体と三染色体植物の形態的特徴との関係を解析し,さらに11種の染色体を含む一次三染色体植物の形態的特性を明らかにした.

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ