房総・弘文天皇伝説の研究  [in Japanese] II.人文・社会科学系  [in Japanese]

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「壬申の乱に敗れたのち, 大友皇子は房総の地に逃げ延びた」という房総・弘文天皇伝説は, 房総の伝説のなかでも傑出したものの一つである。このような伝説が成立した背景には, この地域が古代の製鉄民族, 多(オオ)氏の支配地域だったことと関連していて, 大友皇子のゆかりの人々がオオ氏を頼りに房総に移住したと考えるのが最も理にかなっている。それはまた, 「田原」地名の分布にはっきりと刻印されている。田原とはタタラであり, 製鉄が行なわれていたことを示しているのである。だが古代の末期から中世にかけて熊野修験道が流入し, その結果, オオ氏の祀っていた田原神は白山神へと姿を変えた。これが, 現在の白山神社(君津市俵田)に物理姫と弘文天皇が祀られている理由である。

Journal

  • Bulletin of the Faculty of Education, Chiba University

    Bulletin of the Faculty of Education, Chiba University 52, 171-178, 2004-02

    Chiba University

Codes

  • NII Article ID (NAID)
    110004628701
  • NII NACSIS-CAT ID (NCID)
    AA11868267
  • Text Lang
    JPN
  • Article Type
    departmental bulletin paper
  • Journal Type
    大学紀要
  • ISSN
    13482084
  • NDL Article ID
    7790664
  • NDL Source Classification
    ZV1(一般学術誌--一般学術誌・大学紀要)
  • NDL Call No.
    Z22-372
  • Data Source
    NDL  NII-ELS  IR 
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