酒を飲む女神と酒を飲まないバラモン

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  • Drinking Goddess, Non-drinking Brahmin

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抄録

いわゆる正統ヒンドゥイズムが酒などの「不浄」を忌避するのと対照的に,ヒンドゥータントリズムでは,そうした不浄を意図的に使用する例がしばしば見出される.タントリズムは,タブーの侵犯を通じて宗教的な成就の達成を目指すものと説明されることも多い.しかしながら,これはタントリズムにおける酒の使用を,説明し尽くすものではない.本稿は,そうした酒の使用が,神秘主義的な解釈を経由しなくても説明しうることを示すものである.まず正統ヒンドゥー的規範の中で,飲酒は(特にバラモン階層において)厳密に禁止されていた.この一方で,ヴィナーヤカ,祖霊,悪魔など「恐ろしい」存在を鎮めるために行われる献供において,酒は欠かせないものであった.これに対して,タントリズムでは,飲酒と献酒の文脈が重なり合っている点が興味深い.タントリズムにおいては,宗教的熟練者に,しかも儀礼的文脈の中でのみ飲酒が許され,それどころか解脱をもたらすものとさえ言われる.これを理解するには,タントリズムにおいては崇拝対象たる最高神への献酒が重視されていることを考慮する必要がある.飲酒の許可は,女神が好む酒を,その信徒達(その大半はバラモンであった)が忌避するという矛盾の回避として考えられる.またほとんどの場合,飲酒とは,神格へ捧げた酒のお下がりを飲むことであり,ならばそこに宗教的意味が見出されるようになるのは必然である.一方いくつかのタントラ文献では,バラモンは酒を献供に用いなかったり,代理人を立てて献供したりする.これもまた,現実の女神崇拝の要請と,バラモン的規範意識との間の矛盾の解消策の一つとして理解できよう.

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