幕末中央政局における「皇政回復」 : 島津久光率兵上京を中心として Imperial Restoration in the Central Government of the Late Edo Period : Hisamitsu Shimazu's Move to Kyoto with His Army

この論文にアクセスする

この論文をさがす

抄録

本稿の主目的は、文久期前半における「皇政回復」という概念の実態を解明することにあり、島津久光の率兵上京に至る薩摩藩の動向を明らかにしつつ、封建諸侯、朝廷および西国志士の具体的な建白等の政見を検証することによって、諸勢力の皇政回復観の相違を明らかにすることに力点を置いた。久光は挙国一致体制(公武融和)実現を企図し、自身が幕政に参画し、当期政局の実質的リーダーとなることを目指し、勅諚による国家体制「天皇親裁体制」を画策した。その実現のためのイデオロギーとして皇政回復を唱え、手段としての側面が強い。皇政回復の根本的な相違は、久光に対し、岩倉や尊王志士は真の天皇親政を目指していた事実にあった。しかし、岩倉は性急な武力を伴う天皇親政への移行は否定しており、また、当面の大政委任は過渡的措置として容認していたため、尊王志士とは対立構造に見え、一方、久光との違いは一見して類別し難いものであった。

収録刊行物

  • 佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇

    佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 38, 127-143, 2010-03-01

    佛教大学

各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    110007974737
  • NII書誌ID(NCID)
    AA12387923
  • 本文言語コード
    JPN
  • 資料種別
    Departmental Bulletin Paper
  • 雑誌種別
    大学紀要
  • ISSN
    18833985
  • NDL 記事登録ID
    10614912
  • NDL 雑誌分類
    ZK21(言語・文学)
  • NDL 請求記号
    Z71-X642
  • データ提供元
    NDL  NII-ELS  IR 
ページトップへ