我が高校世界史教科書における歴史認識の問題

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タイトル別名
  • On the historical cognition of a Japanese text book in world history for upper secondary schools
  • ワ ガ コウコウ セカイシ キョウカショ ニ オケル レキシ ニンシキ ノ モンダイ

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抄録

「教科書に記載されている」という表現は、「正しさ」あるいは「信頼」の同義語として受け取られてきた。「教科書」とは、そのように高い権威をもち、敬意をうけるに値する存在である。それだけにその中で使用される概念は一字一句にいたるまで注意を要する。本論で述べようとする高校世界史教科書の歴史認識の問題は、それが高校生の世界観の基礎を形成するという点において特に重要であると考える。  以下論じるのは、山川出版『詳説世界史』、イギリスの高校生用の現代史補助教材、ソ連の高校生用歴史教科書、三点を比較してそのなかの特に20世紀の両大戦間期に関する記述に見られるいくつかの問題点についてである。  戦間期の出発点として最初に取り上げるのは「ロシア革命」の評価である。日本の歴史教科書は、1917年露暦10月の政変を、住民多数の支持を得た「革命」として高く評価する。この政変を一種の社会正義の実現とみて、国内的な矛盾、国家間の不正にたいする解決方法と受け取っている。  それは、帝国主義的戦争に反対し、秘密外交の廃止を提案し、従来の「資本主義社会とは別の方向を示しただけでなく、資本主義の行き過ぎや欠陥を修正するうえでも重要な役割をはたした」とする。勿論このような側面を有していたではあろうが、この事件は20世紀の独裁国の先駆として弾圧と強制をその本質的な特徴としてもいた。例えばロシアからの分離独立運動、自営農民の権利、市民的な自由要求等々にたいして厳しい抑圧がなされたことは改めて言うまでもない。  ロシア、ボリシェビキ「革命」とは何であったのか。間もなく100年という時間が過ぎようとしているのにもかかわらず、いまだに冷静な解釈を見ることができない状況にある。これを見直すことなしには、「東欧」という地域の位置付、ヒトラー政権成立に際する共産党及びコミンテルンとの関係、第二次大戦勃発とソ連の関連等など、戦間期全般に亘る客観的な理解はできないであろう。  戦間期の終焉は、ドイツとソ連が連携してポーランドを攻撃することによって勃発した20世紀二回目の大戦である。この戦争勃発に際する、ポーランドの同盟国であったイギリスとフランスの行動はどのようなものだったのか。日本の教科書は、イギリスはそれまでとってきた対ドイツ宥和政策を放棄して、ドイツにたいして宣戦布告したと記述している。しかしながらこれはイギリス側が従来公に主張してきたところを無批判に採用したにすぎない。実際には、宥和政策は中止されてはいないし、ポーランドが敗れるまでいかなる支援もなされていない。宣戦布告と実際の戦争とは異なる。  我が国の世界史教科書は戦間期の出発点においてロシア側の主張を取り入れたように、その終りではイギリスの主張を無批判に繰り返す。青史とは勝者によって書かれたものという言葉があるが、わずか20年の戦間期の記述において、その始まりから終りにいたるまで、今は崩壊した旧連合国ソ連とイギリスの主張がヤルタ体制健在時そのままに通用し、それをいまだにわが国の高校生が学習するという不思議な現象がみられる。

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