「美と教育」再論へのコメント : なぜ、あえてシュタイナーなのか(コメント論文,フォーラム2 あえてシュタイナーのシラー論を語ってみる-「美と教育」再論への一つの試み-) A Comment on Revisiting "The Aesthetic and Education" : Why Dare Nishimura Talk about Steiner?

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著者

抄録

「美と教育」再論を見据えて、シュタイナーのシラー論を考察の対象とし、特にシュタイナーの『自由の哲学』における議論を、今日の教育や人間に関する通念的理解を異化する契機と見なすことを試みた西村拓生氏のフォーラム報告論文において、西村氏自身がその試みを「あえて」シュタイナーについて語ると規定していることが、本コメント論文では着目された。なぜ「あえて」なのか。シュタイナーをめぐるいくつかの文献とともに、筆者自身が経験したシュタイナー論との関わりも振り返えられ、シュタイナーを近代教育思想研究の中にこれまでの躊躇を越えて取り込む可能性が示唆された(「あえて」と言う必要は、もはやないだろう)。西村氏が異化の契機としてシュタイナーを捉えることもさることながら、むしろシュタイナー学校での教育実践を多角的に考察する中でシュタイナーの生き方や思想が参照され研究されることに、これからのシュタイナー教育思想研究のひとまずの方向性があるのではないかという見方が提示された。

収録刊行物

  • 近代教育フォーラム

    近代教育フォーラム 21(0), 81-89, 2012

    教育思想史学会

各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    110009926204
  • NII書誌ID(NCID)
    AN10576381
  • 本文言語コード
    JPN
  • ISSN
    0919-6560
  • NDL 記事登録ID
    024069040
  • NDL 請求記号
    Z7-B25
  • データ提供元
    NDL  NII-ELS  J-STAGE 
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