タコノマクラ考:ウニやヒトデの古名  [in Japanese] Tako no makura ko : uni ya hitode no komei  [in Japanese]

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光陰矢の如し―私が初めて磯採集に足を運んだのは大学に入学した1955年の初夏,半世紀も昔の話になる。それまで磯には縁の無かった私がそこで目にした生きものは,ほとんどが初顔だった―潮だまりには黒くて大きなアメフラシ,赤い花を咲かせているケヤリムシやウメボシイソギンチャク,岩陰から黒いトゲを覗かせているムラサキウニ,大きめの石の裏にはアオウミウシやクモヒトデ……。その世界の多彩な生きものたちの魅力に取りつかれて,たびたび葉山や三崎の磯を訪れるようになり,やがては無脊椎動物の発生学に進み,三崎臨海実験所で大学院時代を過ごすことにもなった。 磯採集でもっとも興味をもったものの一つは,さまざまな形態を示す棘皮動物だった。これはヒトデやウニの仲間で,基本的に5を単位とする放射相称の海産動物。これが本稿に登場する役者たちなので,馴染みの薄い方々のために,海浜でよく目にする種類をグループ別にざっと紹介しておく(図1参照)。(1)ヒトデ類:多くは☆型で,中央の「盤」(本体)のまわりに5本の「腕」が伸びている。マヒトデ(図1-(a))が典型的だが,筋目のある縁取りをもつモミジガイ,腕が8本あるヤツデヒトデ,糸巻に似たイトマキヒトデ((b))などもいる。なお,本報では「ヒトデ」を類名に用い,明治期文献のAsterias amurensis(旧称ヒトデ)は「マヒトデ」とした。(2)クモヒトデ類:ヒトデに似ているが,腕が細長く,盤と腕の区別が明確((c))。腕が枝分かれして複雑になっているテヅルモヅル類((d))も見られる。(3)ウニ類:よくイラストに描かれているように,半球状の殻からトゲが沢山出てイガグリのような形をしている普通のウニ((e))のほかに,一見ウニとは思えない姿をしたウニがある。以前は歪形類(不正形類)と呼ばれていたグループで,殻の上面に花形の模様(花紋)が見える。たとえば,円い皿型のカシパン類((f)),その一種で,下面に蓮の葉脈のような溝が見えるハスノハカシパン,5つの穴があるスカシカシパン((g))がある。ほかに,楕円型でやや厚みがあり,殻も頑丈なタコノマクラ((h)),卵形で殻の薄いブンブク類もいる。(4)ウミユリ類:花のような「冠」と,それを支える「茎」がある((i))ので,「ウミユリ」(海百合)の名がついた。これはみな深海性だが,浅い所にはウミシダ(海羊歯)類が生息する。ウミシダは「茎」が無く,盤のまわりにシダの葉に似た腕が10~数10本出ており,盤の下の巻枝で岩にしがみついている((j))。ウミユリもウミシダも,初めて見たら植物と思うに違いない姿である。(5)ナマコ類:サツマイモのような形((k))で,ウニやヒトデとはまったく異なるが,これも棘皮動物。食用にするので名が通っている。「このわた」は,その内臓の塩辛。 上記のウニの仲間に,タコノマクラ(蛸ノ枕,図1-(h))という種類を挙げた。変わった名称なので,何時ごろからそう呼ばれているのだろうと気になっていたが,誰に聞いても知らないし,書物を見てもわからない。仕方なく,そのままになっていた。 1980年代の初め,私は動物発生学から大転換して歴史の方面に道を変えたが,そのとき最初に取り組んだのは,三崎臨海実験所の歴史だった。この実験所は明治19年(1886)に創立されたアジア最初の常設臨海実験所で,日本の動物学発祥の地と言っても過言ではない。そこで,実験所設立後まもなく動物学会が発刊した『動物学雑誌』の報文や記事を調べはじめたのだが,妙なことに気がついた。 当時の『動物学雑誌』には三崎などでの海産動物採集報告が少なくないが,それに登場する「タコノマクラ」が現在のタコノマクラとは違う場合があるのだ。しかも,事は込み入っていて,ある報文ではウニの仲間のカシパン,別の報文ではヒトデ,さらに別の報文ではクモヒトデを指している。もちろん,現在のタコノマクラを指す場合もある。一体全体どうなっているのか,さっぱりわからないままに数年が過ぎた。 そのうち江戸時代に足を踏み込んで,いろいろな資料を調べ始め,そのなかで「タコノマクラ」の名称に再会することになった。そして,「タコノマクラ」の名の混乱は江戸時代にさかのぼることが明らかになってきたので,棘皮動物―当時は「介類」や「魚類」に含められていたが―の記事に出会うたびにメモを取っておいた。 最近そのメモを見直してみると,信頼できる江戸時代資料が40件ほどあり,それに含まれる棘皮動物の記載例は数百に達する。そこで,それをまとめておこうと考えて筆を取ったのが本報である。稿末の表に示した事例は,図あるいは注記の記載内容から現在のどの類に当たるかが判明する場合に限った。また,ナマコは古くから「コ」「ナマコ」と呼ばれ,それ以外の名称はあまり無かったので,本稿には入れなかった。 以下の部分では,この稿末の表に基いてヒトデやカシパンなどが江戸時代に何と呼ばれていたかをまず検討し,最後に「タコノマクラ」の呼称の変遷を考察する。文中の「資料」は,番号にMがつくか,とくに明治期資料と断らない限り,すべて江戸時代資料である。資料名に付した( )中の番号は稿末表の資料番号,西暦年は同表に示した刊年・成立年。 なお,生物名の語源解釈はコジツケになりがちなので,私は原則的に触れないのを基本方針としているが,本稿ではその方針を棚上げして語源に踏み込むことにしたい。それによって,江戸時代の人々の命名の由来がわかるし,また命名の巧みさを感じ取ってほしいと思うからである。

Journal

  • The Hiyoshi review of natural science

    The Hiyoshi review of natural science (39), 53-79, 2006

    慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会

Codes

  • NII Article ID (NAID)
    120000800899
  • NII NACSIS-CAT ID (NCID)
    AN10079809
  • Text Lang
    JPN
  • Article Type
    Departmental Bulletin Paper
  • Journal Type
    大学紀要
  • ISSN
    09117237
  • NDL Article ID
    7936101
  • NDL Source Classification
    ZM2(科学技術--科学技術一般--大学・研究所・学会紀要)
  • NDL Call No.
    Z14-1207
  • Data Source
    NDL  IR 
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