日本産イカナゴの資源生態学的研究

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タイトル別名
  • Population Ecology of Japanese Sandeel
  • ニホンサン イカナゴ ノ シゲン セイタイガクテキ ケンキュウ

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抄録

日本産イカナゴは移動性が小さく各地に固有の系統群が存在するが、全体としては北海道北部沖にキタイカナゴとイカナゴが、また仙台湾にはイカナゴの2つの種内グループが重複して生息している。キタイカナゴ、イカナゴ2つのグループは外観では判別できないことから、本州日本海側を含めて資源構造の解明が求められている。イカナゴは沿岸の重要な漁業資源であるが、漁獲量は不規則で小刻みに変動し、資源としての変動性が指摘されてきた。今日、日本産イカナゴについて資源構造と資源変動の2大問題の解明が求められており、本論文ではこの問題を中心に資源生態学的研究を行い以下のことを明らかにした。 (1) イカナゴの2大問題である資源構造と資源変動に関する研究について研究史の概略を述べた。イカナゴについては多くの知見が集積されているが、資源構造を明らかにできる指標は体節的形質としての脊椎骨数と電気泳動的手法で検出できるアイソザイムである。本州日本海側については研究がなく日本周辺の全体像は明らかになっていない状態である。資源変動に関する研究は、漁獲量の変動を単純に解析したものや、単に統計解板的手法で研究された報告が目立つ。詳しく解析されているのは伊勢湾と瀬戸内海のイカナゴ資源についてである。イカナゴの主たる漁業域である北海道と仙台湾については、詳しい解明がされていない。海外の研究についても検討し、世界のイカナゴ類の分布の概略を図示した。その結果1種を除いてすべてのイカナゴは北極海をとりまく太平洋と大西洋の温帯から寒帯の高緯度地方沿岸に分布していることが判った。海外の研究は系統群や資源構造に関連するものは少なく、形態学的な分類問題を取り扱ったものが多い。 (2) イカナゴ漁業がどのように発展し、どういう状況にあるのかを全国の漁獲量と主漁獲域である北海道北部、仙台湾、伊勢湾及び瀬戸内海の漁獲量変動を調べることによって明らかにした。全体としての変動傾向から次の3つの時期に分けられた。I期(1953~'67年): 資源としては未利用な部分を残していた。;II期(1968~'76年): I期の終わり頃から本格化した養殖漁業や栽培漁業の発展を受けて、その餌料としてのイカナゴの需要が高まった。そのために漁業が発展し多獲時代を迎えた。北海道北部の漁獲量が多く、全国の動向を左右した。仙台湾においては増えていない。;III期(1977~'88年): 前期の多獲が原因と思われるような漁獲量の低下傾向が見られた。仙台湾においてだけは漁業が発展して漁獲量が増大し、全国の動向を左右した。;さらに仙台湾と周辺3県の漁獲量変動を調べた。この海域での漁業の変遷をその発展から下の3期に分けた。SI期: 1976年以前 抄網、ランプ網のみによる操業時期; SII期: 1977~'83年 船曳網が参入してから、底曳網が入ってくるまで; SIII期: 1984年以降 底曳網の参入以降; (3) 資源構造を明らかにするために日本各地からイカナゴの試料を集め、5つの体節的形質、生活史の内春として成長(寿命も含むことになる)と産卵数、一部の海域についてはα-GPDHアイソザイムを調べた。調べた項目のすべてについて全体として不連続的で傾向的な変異のみられる、3つのグループ(分布の状況から北から順に第I、第II、第IlI)に大別された。このうち第Iグループはキタイカナゴ、第II、第IIIグループはイカナゴの種内2グループと判断されキタイカナゴとイカナゴは北海道北部沖で、イカナゴの2つグループは仙台湾で分布が重複していることを再確認すると共に、本州日本海側では鳥取県沿岸でイカナゴの2つグループが重複していることを見出した。キタイカナゴとイカナゴ2つのグループについての分類上の問題については、外見や体節的形質、生活史の内容の差異と遺伝学上の差異は完全には対応しないが、今回の結果と集団遺伝学的な知見も合わせ吟味した結果、これまでの判断を有効なものと考えた。ただイカナゴ類は遺伝的には種分化の過程にあって、キタイカナゴとイカナゴは亜種化はすでに完了しているものの種に分化したばかりの段階であると言える。3つのイカナゴ類グループは生活史の内容からは南に分布する第IIIグループほど種族維持的な生活史を選択してきたことが判った。イカナゴ類は3つに大別されるものの各グループの中でも生活史の内容から考えると各地に相対的に独立した系統群が想定される。今回本文中(第4章)に各地の系統群を提唱した。 (4) 以上に明らかにしたイカナゴ類3つのグループが歴史的にどのように分化し今日の分布がどのように達成されたかを推論した。分化過程は2つの時期に分けられ、第1時期は約7万2千年前のウルム氷期の始まりの頃、冷水種であって日本よりかなり北に生息すると考えられたキタイカナゴ・イカナゴの祖先型が寒冷化のために南下し、この南下群がイカナゴに、相対的に北のものがキタイカナゴ(第Iグループ)に分化し、1万年前までの間に分化を拡大した。第2の時期は1万~6千年前で、氷河期の後の温暖化の時期(日本周辺では'縄文海進')に海水温が上昇しすでに成立していた黒潮の流路に当たる海域のイカナゴは第IIIグループに、それより北は第IIグループに分化した。分化の要因は氷河期やその後の温暖化といった気候酌要因による地理的隔離と判断された。現在の分布の重複状況は、現在の海洋環境になってから生じたものと考えられる。 (5) (3)で示した仙台湾系統群を主として、発育段階と生活年周期を区分し記載した。発育段階は卵期-子魚期前期-子魚期後期-稚魚期-幼魚期-未成魚期-成魚期に区分される。このなかで重要なのは生後数ヶ月の稚魚期に漁獲対象となること、1年後成魚となって産卵に参加するものが出現することである。生活年周期は成魚期について明らかにし、12~1月が産卵期、2~7月が摂餌期、8~11月が夏眠期と区分した。夏眠期はイカナゴ特有の時期で、個体の維持を通じて夏眠期の後の産卵期に産卵親魚となるための生き残りを保障する適応的な時期と考えられる。 (6) 仙台湾に卓越して生息する仙台湾系統群の資源変動の問題を解析した。このために宮城県女川魚市場の統計資料を用いた。解析の結果、この海域のイカナゴには3年ごとに卓越年級群を発生させる機構を保持していることが判った。その機構は卓越群が3歳になって産出する質の良い卵、孵化と孵化子魚の生き残りにとって良い卵に支えられている。しかし最近のイカナゴ漁業の発達に伴い、資源への漁獲圧力が増大していると考えられる。(2)で示した3つの漁業の発達の時期ごとの再生塵関係を検討した結果、SI期、SII期、SIII期と時期が進むにつれて、親潮第一分枝の近年の強勢に伴ってイカナゴに対する環境収容力は大きくなっていると考えられるが、強い漁獲の圧力によって再生産関係が悪化していると推定された。仙台湾のイカナゴ資源は漁獲の圧力が強まって資源自体の個体数変動機構が改変されて、産卵数を増やす、産卵への満1歳魚の参加を増やす、など現在伊勢湾や、瀬戸内海のイカナゴ資源がとっているのと同様な方向に向かっている。資源の有効利用のためには上記のイカナゴ資源が持っている個体数変動のメカニズムと漁業の状況等を考慮して方策をたてる必要がある。

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