セイウチの長い旅 : 言語学的考察

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  • Long Journey of Walrus : a Linguistic Survey

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抄録

北海道のオホーツク文化の遺跡からセイウチの牙製とみられる彫像が出土しているが、このことからセイウチの棲息地であるチュクチ・カムチャツカ地域との間に、かつてセイウチの牙の交易ルートがあったことが想定されている。人とモノの流れがあったところに、ことばの行き来もまたあったはずである。特にセイウチのような棲息域の限られた動物であれば、交易品として珍重されたその牙とともに、セイウチや牙を表わす単語もまた北から南へと伝えられたに違いない。本稿はセイウチの旅を言語学的に跡付ける試みである。出発点としてチュクチ語の「セイウチ」をあらわす語が、隣接するエウェン語に「牙」の意味で取り入れられたことを想定する。この語はエウェンキー語を経て、アムール流域のツングース諸語に広がった。これがサハリンのウイルタ語に再び「セイウチ」を表わす語として入り、そこからニブフ語とサハリン・アイヌ語にも伝わったと考えられる。ニブフ語の「セイウチ」はさらにアムール流域のツングース諸語の「セイウチ」の直接の語源となっている。このように、特にサハリン・アムール地域の言語間の関係はなかなかに複雑であり、これをもってセイウチをめぐる語の借用関係が解明されたとは言えない。本稿では、文化の伝播を考える上で言語的データが重要な意味をもつことを例証し、あわせてそうした言語が失われつつある現実にも注意を喚起する。

収録刊行物

  • 北方人文研究

    北方人文研究 3 45-57, 2010-03-31

    北海道大学大学院文学研究科北方研究教育センター

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