理性に動機づけの力はあるか : 道具的実践理性と純粋実践理性

書誌事項

タイトル別名
  • Does Reason Have a Force of Motivation? : Instrumental Practical Reason and Pure Practical Reason
  • リセイ ニ ドウキズケ ノ チカラ ワ アル カ : ドウグテキ ジッセン リセイ ト ジュンスイ ジッセン リセイ

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抄録

あることを心から「よい」と思い、それを実現するのに適切で実行可能な手段もわかっているのに、その手段を実行しないということはあるだろうか。「よい」と思っていたものが、そう思えなくなったとか、もっと魅力的な「よい」ものが見つかったとか、手段の適切さを見誤っていたとかの逸脱があれば、それもあるかもしれない。しかしそのような逸脱がなければ、手段を実行しようと「意図」するのが「合理的(理性的)」だとする考え方(A)がある。この考えには、たとえそのような逸脱がなくても、手段を実行する気にならないことがある、とする考え方(B)が対立している。また仮に実現される目的を欲していなくても、行為そのものが「正しい」ということだけで、やろうとすることはありうるとする考え方(C)もある。本稿では(A)と(C)の考えがどうして可能だと言えるのか、その理屈を考えてみたい。

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