廃墟のメシアニズム : 『ユダヤ教の本質』の二つの版から

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タイトル別名
  • Messianism in Ruins. Comparative study on the first and second editions of The Essence of Judaism
  • ハイキョ ノ メシアニズム : 『 ユダヤキョウ ノ ホンシツ 』 ノ フタツ ノ ハン カラ

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抄録

本論の主題は,レオ・ベックによる『ユダヤ教の本質』の二つの版の比較である。ユダヤ教宗教哲学の傑作のひとつとして今日普及しているのは,主としてその第二版 (1921) に基づく諸種の版であるが,初版と比較されるなら,ベック自身が述べるように,これは「ひとつの新しい本」である。「神秘」の概念が前景化し,啓示の概念と並べ立てられることで,ここにおいて初めて,ベック固有の「双極性の哲学」が明確な姿を現す。この点で,初版をベックの宗教哲学の予型として捉える研究も少なくない。一方,本論においては,両者の差異が注目される。第二版において初めて,或いは唐突に,ベックは「運命」の概念を彼の考察に否定的な仕方で導入した。「神秘と啓示」の双極性の哲学が積極的かつイデアリスティックに構築される一方で,「運命」の概念への抵抗が執拗に繰り返される。この抵抗において,彼は実際になにを示そうとしていたのか?この問いに答えるために,本論はまず,初版におけるベックの宗教哲学を,幾つかの思想史的文脈から再構築することを試みる。キリスト教との対立,護教論および義認論という問題系において,ベックが「ユダヤ教の本質」を内在と超越の間の緊張に満ちた関係のうちに捉えていることが示されるだろう。次に本論は,同書の大規模な改稿を促したものとして,第一次大戦中,従軍ラビとして活動した彼の戦争経験を仮定する。大戦以前,ユダヤ教の宗教的理念の普遍性を強く主張したベックの立場は,戦中,ユダヤの民族的生を顧みるなかで若干の後退を見せる。もはやそこでは,超越的な法への恭順のみが問題になるのではない。「殉教者」のモティーフをめぐるベックの改稿の痕跡を追うことで,ベックが新しく直面した「単なる生-単なる死」という課題が,運命概念との連関で現れてくる。これとの相関関係において,ベックの言うユダヤ教の普遍的宗教理念,彼のメシアニズムが持つ,ある種のグロテスクな姿が現れるだろう。

収録刊行物

  • 人文學報

    人文學報 103 45-71, 2013-03-25

    京都大學人文科學研究所

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