‘A Painful Case’の内面描写 : チェーホフ「犬を連れた奥さん」との比較

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タイトル別名
  • 'A Painful Case'ノ ナイメン ビョウシャ : チェーホフ 「 イヌ オ ツレタ オクサン 」 ト ノ ヒカク
  • ‘A Painful Case’ and Chekhov’s ‘The Lady with the Dog’: Joyce’s Strategy for Short Stories

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抄録

Departmental Bulletin Paper

ジョイスが二十二歳から二十六歳の時に書いた短編小説集『ダブリンの人びと』はその後の作品のテーマに発展する要素を多く含んでいるが、「ラヴ・ストーリー」と呼べる物語はその中にはない。反対に「愛の欠如」をテーマとした短編は幾つかある。「痛ましい事件」もその一つである。これは審美家で、俗世間からできるだけ距離を保って暮らしている、独身の中年銀行家が恋愛を取り逃がす物語である。ダッフィ氏は音楽会の会場でたまたま隣り合わせた女性(シニコウ夫人)と、親交を深める。だが、感受性の強いシニコウ夫人が肉体的接触を求めるそぶりをしたことに驚き、「魂の救いがたい孤独」を主張して一方的に交際を打ち切ってしまう。四年後、ダッフィ氏はシニコウ夫人が、飲酒癖により鉄道事故で命を失くしたことを知って驚愕する。語り手はその直前まで、ダッフィ氏の内面を語ることをしないが、後半、ダッフィ氏が女性の死を知った後は一転して、ダッフィ氏の内面に視点を合わせ、彼が愛の喪失を認め、自己覚醒する過程を綿密に描き出す。ダッフィ氏は自説を主張するのに忙しく、シニコウ夫人の孤独に思い至らなかったのだ。本稿では、中年の銀行家が若い人妻と親密になるという、よく似た設定の同時代の作品、チェーホフの「犬を連れた奥さん」(1899)と比較することによって、「痛ましい事件」の作品理解を深めることにする。ラヴ・ストーリーである「犬を連れた奥さん」の内面描写と比較することによって、ジョイスの短編小説の特質を明らかにし、その戦略と技巧を解き明かすのが目的である。

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