インドネシアのIPMにおけるJICAプロジェクトの役割 Role of the JICA Project in Indonesian IPM Program

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Author(s)

    • 高田 直也 TAKADA Naoya
    • 東京大学農学生命科学研究科 <I>Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo</I>
    • Irham
    • <I>Gadjah Mada University, JI. Flora, Bulaksumur</I>
    • 大賀 圭治 OHGA Keiji
    • 東京大学農学生命科学研究科 <I>Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo</I>

Abstract

インドネシアは1980年代後半にFAO, 世界銀行などの援助を受けて総合的病害虫防除 (IPM) を本格的に開始した.一方, IPM本格化以前の1980年から日本はインドネシアに対し技術協力援助として病害虫発生予察制度を主体とした作物保護強化計画を行っていた.この日本の援助に対しては, 農薬の使用が前提であったという批判がある.本研究は, インドネシアの作物保護における発生予察制度とIPM導入に至るまでの過程を歴史的事実に基づき検証することを目的とした.<BR>1980年から実施された病害虫発生予察制度を主体とした技術協力援助は, 1974年~1977年にかけてのインドネシアにおけるトビイロウンカ大発生に対応するために, インドネシア政府の強い要請によって開始された純然たる技術協力援助であり, 農薬の供与とは直接的な関係を有しない.1984年にインドネシアはコメの自給を達成したものの, この直後にトビイロウンカが大発生した.農薬の過剰な投入がトビイロウンカの大量発生の一因であるとされ, 1986年11月, 大統領令により有機リン系を中心とした57品目の殺虫剤が水田で使用禁止となるとともに, インドネシア政府は農薬への補助金を削減しはじめた.その後1989年から国家開発企画庁の主導で普及活動を中心としたIPMプロジェクトを世界銀行の融資を得て開始し, 1994年以降は業務を農業省に引き継ぎ現在に至っている.現在インドネシアの作物保護行政は, 国の専門組織とこれを補助する地方自治体の担当部門, さらに農民の連携により進められている.この中で発生予察制度は否定されているわけではなく, 作物保護政策の重要な一環として位置づけられている.しかし, 発生予察制度整備のための技術協力と同時期に有機リン系殺虫剤の水田使用禁止を補うための食糧増産援助 (2KR) が日本から行われており, インドネシア政府はこの2KRを利用して天敵等に影響のない農薬等を準備した.発生予察は病害虫発生の初期段階に適期防除を目指す技術協力であり, 2KRで援助された農薬等は資材援助であったという違いを見なければならないが, これらは日本からの作物保護に関する援助であったゆえに同一視されてしまった.このことは, 日本の援助における要請主義の再検討など, 今後の援助のあり方に対して教訓を与えている.

We examined the history of the relationship between the introduction of integrated pest management (IPM) into Indonesia and the pest occurrence forecasting system provided to Indonesia by the Japanese Government. Although the Indonesian IPM program was formally launched in 1969, it was only in 1986 that the Indonesian Government began to apply the program nationwide, with the support of organizations such as the Food and Agriculture Organization and the World Bank. In 1980, with the technical assistance of the Japan International Cooperation Agency, the Japanese Government introduced a pest occurrence forecasting system into Indonesia. This technical assistance was provided to control outbreaks of the brown planthopper, which occurred from 1974 to 1977 in Indonesia. Japan also provided pesticides with a negligible effect on natural enemies, as part of the aid program for increased food production known as 2KR. TOBIN (1996, Food Policy 21: 211-228), supported by the United States Agency for International Development, criticized this assistance in which Japan condoned mass application of pesticides. Nevertheless, the pest occurrence forecasting system still plays an important role in plant protection in Indonesia. The current Indonesian IPM approach aims at minimal use of pesticides, while relying on the pest occurrence forecasting system. The forecasting system has made an important contribution to the success of IPM in Indonesia.

Journal

  • Japanese Journal of Tropical Agriculture

    Japanese Journal of Tropical Agriculture 47(3), 162-168, 2003

    Japanese Society for Tropical Agriculture

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